◆IFDQ/RcGKIの物語


■後編■


斬殺勇者だよ! アリスちゃん!

 バラミちゃんの話によると、アリスちゃんたち勇者一行に倒された魔王は、しかし完全
に死んでしまうわけでなく、世界のどこかに封じられるだけなのだそうです。
 そしてその封印を解く鍵を持っているのが、この僕、三津原辰巳だというのでした。

「でもねバラミちゃん。悪いけど僕、そんな方法さっぱりわからないよ」
 困惑する僕に、バラミちゃんはますます瞳をウルウルさせます。
「そ、そんなぁ……どうしてイジワルするですかぁ? 教えてくださいですぅ!」
「いやイジワルじゃなくて、本当に知らないんだよ」
 女の子に泣いて頼まれれば、僕だってなんとかしてあげたいと思います。ちょっと殺さ
れかけた過去なんて、もうどうでも良いことです。
 しかし一介の高校生である僕が、異世界の魔王の復活方法を知るはずがありません。
「ふぇ……ふぇえええん……」
 うつむいて華奢な肩を震わせるバラミちゃんに、僕も胸がキューンとなりました。どう
したらいいんでしょう。

「こうなったら……」
 バラミちゃんが低い声で呟きました。彼女の全身からゾワワワっとドス黒いオーラが立ちのぼり、僕は威圧感に我知らず後ずさりしました。
 クワッと顔を上げたバラミちゃん、目が真っ赤に光っています。まさに魔王の娘!
「拷問してでも吐かしてやりますぅ!!!」
「だから知らないんだってぇ!」
「い・い・か・ら、素直に吐くですぅぅう!!!」
 バラミちゃんが両手を高く掲げます。高圧のエネルギーが凝縮され、宙に巨大な火球が膨らんでいきます。
「待って! 待ってよバラミちゃん! ってかなんで誰も来ないんだよ!!??」
 これだけ大騒ぎしているのに、公園には他に誰一人やってきません。
「ここは私の結界が張ってあるから、外からは普通の景色に見えるんですぅ!」
 意外と用意周到です。このままでは殺されてしまう! 僕は焦りましたが、星の誕生を思わせる発動寸前の極大呪文を前に、身体がすくんでしまいました。
 もうダメだ……!

「ラ・イ・デ・イ・ンーーーーーー!!!!!!!!!!」

 高らかな詠唱と同時に、鋭い落雷がバラミちゃんを頭上の火球ごと貫きました!
 ピッシャァァァァアアアアン!!!
 すさまじい電力が僕の身体をもバリバリバリっと焼いていきます。ついで破裂した火球の爆風に吹き飛ばされ、幼稚園児が好きそうな可愛いワンちゃんの背もたれがついたシーソーに背中から突っ込みました。
 ズギャリ、と形容しがたい音がしました。仰向けに倒れている僕の腹から、熱で半分溶けかかってバリイドドッグのようになったワンちゃんが飛び出ています。
「大丈夫タツミくん! 無事!!??」
 珍しく焦ったような声を出してアリスちゃんが駆け寄ってきます。
「き、君が…来るまでは……ね(ガクッ)」
「バラミちゃんってば、なんてヒドイことを……」
 アリスちゃんが僕を抱き起こしました(バリイドドッグがズボっと抜けました)。
「エイッ、ベホマ〜☆」

 ティロリロリロ♪

「あ、待っておじいちゃん……!」
 意識を失いかけていた僕は、ハッと目を開けました。
 とっても優しかったおじいちゃん。大好きだったおじいちゃん。おじいちゃんは別れ際に暖かい微笑みを浮かべ、「頑張るんだよ辰巳」と力強く励ましてくれました。
「うう……おじいちゃん」
 この状況でなにをどう頑張れば良いのでしょうか。

「タツミくんをこんなヒドイ目に遭わせて〜。謝ってよバラミちゃん!」
「やったのはアリスちゃんですぅ!」
 僕の前で、彼女たちはバチバチと火花を散らしてにらみ合っています。火花はまだライデインの残滓が残っているだけかもしれませんが、真剣な表情はどちらもホンモノです。
 二人の美少女が僕を巡って争うという夢のようなシチュエーションですが、なぜかちっとも嬉しくありません。

 バラミちゃんは体中あちこち焦げています。髪の毛のカールもチリチリです。
 やがてバラミちゃんはアリスちゃんから視線をはずして僕の方を見ました。ちょっとだけ悲しそうな顔をしてから、またキッとアリスちゃんをにらみます。
「仕方ないですぅ。今日は大人しく引き上げますぅ。でも次は必ず!」
 バサッとマントの前を閉じると、バラミちゃんの足下にパァ!と光の魔法陣が浮かび上がりました。彼女が地面に飲み込まれるように消えていきます。
 同時に、空から「パリン」とガラスが割れるような音が聞こえました。それまで気付かなかったことですが、完全にシャットアウトされていた「世界のざわめき」のようなものが、ふっと戻ってきたのを感じました。
 バラミちゃんが張っていた結界が解けたのでしょう。

「……何度でも来ていいヨ。そのたびにボクが、返り討ちにしてあげるから」
 バラミちゃんが消えていったあたりを見つめ、アリスちゃんがグッと拳を握ります。その横顔は、可愛いけれど、どこか凛々しくて、僕はつい見とれてしまいました。
 やはりアリスちゃんは魔王を討ち倒した、伝説の勇者なんでしょう――。



「お、お、俺の車が〜!!!」
「きゃあ、なにこの公園!!?? え、火事? 火事でもあったの?」
 しまったぁ! バラミちゃんの結界が解けて、一般ピープルの方々が公園の異変に気付いたようです。
「に、逃げるよアリスちゃん」
「うに〜? なんで?」
「いいから!」
 僕はアリスちゃんの手を引いて、騒ぎのどさくさに紛れてマンションに逃げ帰りました。


   ◇


 この日の事件について、あとから警察に事情聴取をされたりはしましたが、さいわい僕たちが原因だと気付いた人はいなかったようでした。
 しかし、アリスちゃんが来てたった二日目でこのざまです。
 この先のことを考えると、僕は暗澹たる気持ちになりました。


 ああ、僕はこれからどうなるのでしょうか。



    第一話 (完)