◆ODmtHj3GLQの物語



第二章〜Not and the Romaritan Woman〜

「ねぇ後輩ちゃん」
「……」
「シャワー浴びたい」
「あと少しだから我慢しろ」
「ピィ……」

願望を口にするも、にべもなく一蹴されてしまった。
叶わないのは自分でも分かっている。
それでも言葉にすることで気持ちが楽になることを期待したが、
後輩ちゃんにそれを気にする余裕はないようだった。

今、2人は松明を片手に暗い道を進んでいた。
正確にはスライムのブルーと二頭の馬を加えた一行である。
ブルーを馬に乗せ、後輩ちゃんが手綱を引いて先導し、真理奈がしんがりを守る。

この岬の洞窟はとにかく暗かった。
獰猛さを取り戻した怪物たちによって備え付けの灯りが荒らされていたからだ。
松明をかざし、手で湿っぽい石の壁を伝いながら歩く。
何かに触っていなければ少し不安になる。

「下もちゃんと見とけよ」

朽ちて床がどこそこで抜け落ちているので、足元に注意しなくてはならない。
かと言って前方も視界に入れなければ、モンスターに襲われる可能性がある。
少し前なら安全に通れる道として機能していたのだが、今はこの有様だった。

「ねぇ、下落ちたらヤバい?」

踏み込んだ場所に床がなく、踏み外しそうになって真理奈は冷や汗をかいた。
ぽっかりと口を開けた穴の向こうは闇に紛れている。

「そりゃそうだな」
「どうしたらいいの?」

もし落ちたらどうなってしまうのだろうか。
幼い頃に作った落とし穴とは訳が違うはずだ。

「ん〜、まぁロープあるから大丈夫だろ」
「じゃあはぐれたら?」
「いや、はぐれないようにしろよ……」
「そうだけど!」
「分かったよ、怒るなって。
 はぐれた方は基本その場でじっとしていることだな。
 それでまずは冷静に考えることが大切だ。
 大抵戻る道も分かんなくなってるだろうし、
 混乱してさらに迷い込んだらどんどん助からなくなってくぞ」
「じっとかぁ。こういうトコロ、電波届かないだろうなぁ」

もしこの世界に携帯電話があれば、という仮定の前提で真理奈は思う。
携帯が使えれば簡単に連絡が取り合えるのに。
と言ってもこのアレルムンドという世界では誰一人携帯を持っていないのだから、
もっとアナログな手段に頼らざるをえない。
せめて日本にいる誰かに電波を飛ばせればという考えが頭にあるので、
それは少し面倒に思えなくもない。
快適な乗り物を使わずに歩いて国から国へ歩いて渡る、
という時点で最大級に面倒なことなのだが、それについては考えないことにした。

この洞窟の出口はロマリアへと続いている。
アリアハンとロマリアは大陸をひとつまたぐくらいに遠く離れていて、
飛行機を使用しても何十時間とかかるような距離だったが、
この洞窟の深奥にある旅の扉をくぐれば、歩きでも二日とかからない行程となる。

話を聞いた時真理奈には旅の扉がどういうものなのか想像もつかなかった。
真理奈の世界では瞬間移動装置など存在しないからだ。
もし旅の扉の原理を解明し、元の世界に技術を持ち込めば――
そんな発想も真理奈の中では思いつかない。

通常アリアハンからロマリアへ向かう時は
アリアハンの北に位置するレーベの村で一泊するのだが、
先日のモンスター群襲撃の際にレーベは壊滅してしまった。
アリアハンとレーベを結ぶ街道にちらほらと転がる人の死体の数々。
怪物の手から逃げ切れなかったのだろう。
人々が皆、一様にアリアハンに向かって手を伸ばしている姿は悲惨だった。
そのような様子だったからレーベには泊まれるはずがなく、
適当な場所を選んで睡眠を取った。
真理奈にとっては初めての野宿だった。

「にしてもさ、後輩ちゃんはアリアハンにいなくても良い訳?」
「しょうがねぇだろ? お前についていけって先輩に言われたんだから」
「でもまたモンスターが来るかも」
「大丈夫だって。いざとなったら街の人も戦ってくれるしな」

アリアハンを守る役目を担う国の兵士として後輩ちゃんは日々を過ごしてきた。
もしまたあのようなことが起きたらと思うと、
彼はこのようなところにいるべき人ではないはずだ。
だが故郷に対する彼の信頼がその笑顔に見えたので、真理奈は安心する。
先輩もいることだし、今は心配することはやめよう。
どちらにせよ連合をつくりさえすれば、その憂いは消えるはずなのだから。

「旅の扉、これをくぐればロマリアだな」

幸いにも洞窟内では迷うことなく最奥までたどり着けた。
だがどう見てもそこは行き止まりだったし、
後輩ちゃんが扉と呼んだものはどう見ても水溜りだった。
床に埋め込まれた、深さのある水槽という表現の方が合っているだろうか。
楕円ではなく真円を描く枠の中で水は少しも動かずに留まっている。
水底から天井に向かって伸びる幾数もの光の筋が不規則に渦を巻いていた。
暗いダンジョンの中に突然現れたオアシスのように見えた。

「これを、くぐるって?」
「ピィ??」

水をくぐるという表現が真理奈には理解できない。

「いいから行けって」

それを無視した後輩ちゃんに背中を押され、
真理奈は無理矢理光の渦の中へ飛び込まされた。
水中へ落ちるという心配よりも先に光の渦の回転が早まり、
そのまぶしさに真理奈は目をつぶる。
光の流れに沿って自分の体も回る感覚がした。

数秒してから目を開けると、体が光の渦の中に浮いていた。
どういう原理かなのか、足元にある旅の扉の水には少しも触れていない。
体を動かすと渦の中から出ることができた。
どうやら先ほどとは違う場所のようだ。

「よっと」
「ピッ」

続いて後輩ちゃんが現れ、馬に乗ったブルーも来た。
真理奈だけが不思議そうな顔をしていた。

「何これ?」
「何って、立派な移動手段だろ?」
「ここがロマリアなの?」

質問ばかりの真理奈に後輩ちゃんは答えず、洞窟から外に出る。
世界はすっかり夕暮れ時を迎えているようで、
オレンジに染まる草原が広がっていた。
その向こうに街が見えた。

「あれがロマリア」
「おぉ、すごい!」
「ピピィ〜!!」

ただ洞窟の入口から出口へ抜けただけの感覚しかなかったが、
確かにロマリアに着いたことだけは分かった。
アリアハンに咲いていたものとは違う花の香りが漂ってきたからだ。


――♪――♪――♪――


ロマリアに入国してすぐに日が落ちたようで、街は灯りをともし始めた。
暗くなってからは静かになる一方のアリアハンとは違って、
ロマリアは夜もそれなりに賑わうようだった。

仕事を終えた人たちがこれから食欲を満たすのだろう、
陽気な声が食べ物の匂いとともにそこら中から運ばれてくる。
そんな人々の笑い声を聞いていると、
昨夜の野宿とは違って安全な場所にいるんだと二人に実感させた。

「ありがとうエクウティス、ゆっくり休んでね」

宿屋に備え付けられた馬小屋に連れてきた馬を預け、
真理奈はお疲れ様とばかりに毛を拭いてやった。
人を乗せて旅をすることに慣れているのだろう、
後輩ちゃんに馬の気持ちは分からないが、その顔はまだまだ余裕という感じだった。
馬を扱ったことはないと真理奈は言っていたが、
エクウティスとの相性も良いようで、人馬一体とまではいかないが、
道中で落馬してしまうというような危険性はなかった。

きっと真理奈は心を掴むのが上手いのだろう。
ブルーもそうだし、なぜか一気に仲良くなってしまえるのだ。
そういう部分は単純に凄いもんだと後輩ちゃんは思うが、
他の部分で気にかかる点がまったくない訳ではない。

街に入ったからには少しでも早く休みたいと後輩ちゃんは考えていたが、
真理奈は街の活気に同調するように元気を取り戻したようだった。
初めて来た場所だということもあって色々と見て回ろうとする真理奈を、
何とかなだめて宿屋に入ったのだ。
観光をするよりも先に寝床を確保するのは旅の基本だと言い聞かせても、
ちっとも大人しくしない真理奈にはうんざりした。

アイツはロマリアに仕事をしに来たという考えがなさ過ぎるように思える。
どうしても遊ぶ方に気が向いてしまうらしい。
目に付いた珍しいものにすぐに興味を示すとすぐに周りが見えなくなる。
寄り道ばかりしようとするし、人の話は全然聞かないし。
入国審査の時も余計なことを言おうとするし。
そのため色んなことを聞かれ、さらに疲れてしまった。

だいたい言葉使いがなっていない。
俺の方が年上なのにどうしてタメ語で話されなくちゃいけないんだ。
そういやアキレス王にも同じ話し方だったような。
この様子じゃあ確実に仕事は失敗するな。
とそんなことを後輩ちゃんは他人事のように考えていた。

「いただきまーす!」

二人は宿屋でお湯を使わせてもらい、二日分の汚れを落とした。
その後に宿の人が気を使って多めに出してくれた食事をありがたく頂く。
ここは後輩ちゃんの先輩が以前に世話になったことのある宿で、
そのことを伝えると快く歓迎してくれた。
昔の客をきちんと覚えている、というのは良い宿屋として評価できる。

「馬に乗ってきたのかい。今は大変だったろう?」
「うん。モンスターいっぱいたけど、何とかやっつけたよ!」

そう言ってガッツポーズをする真理奈に宿の人は思わず微笑む。
きっと男の手柄を自分のことのように自慢する冗談なのだと、
宿の人は思っているに違いない。
まさかこの女の子が連れの男よりも強いとは思いもしないだろう。






















「ははは。それでここには何しに来たんだい?」
「ちょっとお城に用事なんだ〜」
「へぇぇ、そりゃ凄い!
 だったら今日はウチでゆっくり休んでもらわないとね。
 寝る前には暖かいミルクを持ってくるよ」

お城に用事、という部分には本当に驚いているようで、宿の人は少しだけ目を見開いていた。
そんな様子は少しも気に留めず、はーいと嬉しそうに答える真理奈に、
後輩ちゃんはこれから成すべきことの確認と少しの注意を促しておこうと思う。

「いいか?
 明日お城に行ったら、王様にこの手紙を渡して事情を説明する。
 そんで連合に参加してくれるようなら、その礼としてこれを渡すんだ」
「これなぁに?」

貴重品を手渡すと、真理奈はそれを指でつまんで中を覗き込もうとする。
それは完璧な形を描く球体と、ブルーの体の蒼より少し色を淡くしたような
青色を持っていて、光にかざすと六条の光彩が見える。

「ブルーオーブ、国宝だ」
「宝石かぁ〜凄い。綺麗ね」
「絶対失くすなよ、それ」

かつて勇者ロトは、六つのオーブを集めて不死鳥ラーミアを甦らせた。
清き心を持つ者しかその背に乗ることのできないというラーミアの力を借りて、
ロトはバラモス城へと乗り込んでいったという。
その聖なる道具の一つであるブルーオーブがなぜアリアハン王の手にあるのかは、
当のレキウス本人以外誰も知らないようだった。

ともかく今回はそれを土産に交渉に臨むことになる。
あくまで礼として渡せと言われてはあるが、
もし相手側が乗り気でない場合はオーブの価値にものを言わせて
連合参加を促すこともできそうだ。
もちろんそれは最終手段ということだが。
だが政治的な駆け引きなど知らない後輩ちゃんに上手く事を運べる自信はない。

「そうだ、事情を説明するって言っても、
 お前が違う世界から来たって事だけは言うなよ?
 魔王と連合の件だけ話せばいいんだからな」
「何で?」

机に突っ伏しながら人差し指だけでブルーオーブをコロコロと転がし、
その宝石を見つめていた目でこちらを見上げてくる。
こんな風に容易くオーブに触れることを羨ましく思いながら後を続けた。
凄い価値があると分かっている自分は持っているだけで緊張してしまう。

「何でってややこしくなるだろーが。
 ルビス様や勇者ロトじゃないんだから、
 違う世界から来ただなんて誰が信じてくれるんだよ」

一説にはルビスとロトは精霊世界の住民であって、
この世界、つまりアレルムンドを救う為に来た救世主だと言われている。
もちろん神話として語り継がれているだけで、
現実的に考えれば神性を高める為の作り話なのだ。
尋ねて来た人がいきなり、
「あなたの知らない世界から来ました」と言い出したら誰でも困るだろう。

「え〜、じゃあ私のこと聞かれたらどうするの?」
「アリアハンの大使です、でいいじゃねぇか」
「ん〜でもさ〜……」

けれど真理奈は納得できないようだった。
本当のことを素直に話すことの何がいけないのか分からない様子だ。

「じゃあ何で後輩ちゃんは私のこと信じてくれたの?」

思わず口ごもってしまう。
言われてみれば自分は何の疑いもなく真理奈のことを信じたのだった。
考え直してみるとルビス様の名前を出されたことは大きかったが、
それを含めてなぜ彼女のことを疑いもしなかったのだろう。
ルビスへの信仰が広まったこの世界で、
少し悪知恵の利く者があればすぐに考え付きそうな嘘とも言えるのに。
しかしその理由に後輩ちゃんは今は気付かない。

「そ、そりゃお前がルビス様の話をしたからだろ」
「ふぅん、そういうものなんだ?」
「だからってルビス様の話をしたらまたややこしいんだからやめろよ」
「もううるさいなぁ、分かったよ……」

明らかに不満な様子を撒き散らしながら真理奈はグラスをあおった。

「ま、とりあえず明日次第だな。
 一週間で帰ってこいって言われたけど、
 あと三日もあれば余裕で観光できるな」
「ホント? やった! すみませ〜ん、もう一杯くださ〜い」

観光という言葉に目を輝かせ、真理奈はすぐさまおかわりを頼む。
最早呆れるしかなかった後輩ちゃんは、おざなりに忠告する。

「飲みすぎるなよ? アリアハンに帰ってからもお前は仕事があるんだから」
「え〜、後輩ちゃんも旅に着いてきてくれるんじゃないの?」

連合大使として本格的に世界を回る旅の事だ。
それにはついて行かないと言いたげな台詞に真理奈がつっかかる。

「俺はロマリアだけ。本業はアリアハンの警備ですから」
「ずるーい! 自分はアリアハンにいなくてもいいって昼間言ってたくせに」
「それはそれだろー」
「ずーるーい! ずーるーい!」
「何だよ、寂しいのか?」
「そりゃそうだよ……だって他にこの世界で知ってる人いないんだよ?」

しおれてしまった花のように真理奈は顔をうつむかせた。
ただからかうつもりで言ったのに、それは真理奈の心の隙間を突いたようだった。
虚しさと悲しさが入り混じった表情で、
おかわりしたグラスが運ばれてきても彼女は見向きもせず、
唇を尖らせていた。

「……そっか。そうだったな、すまん」
「……」

考え直してみれば真理奈には身内も帰る場所もここにはないのだ。
そんな中で、自分が今の彼女にとっての拠り所になっていたのかもしれない。
友達にするように接してくるのはそういう理由だったのだろうか。

「分かったよ、考えとくって。だからそんな顔すんなよ」
「……」

真理奈は答えない。
顔を後輩ちゃんから隠すようにして、体を少し震わせている。

「ほら、おかわり来たぞ、飲まないのか? なら俺が飲むぞ?」
「ぷっ……ククッ……アハハハハ!
 後輩ちゃん必死になっちゃって可愛い〜!」

泣いているかと思えば、笑いをこらえていたらしい。
何とか気分を紛らわせてやろうと思ったのに、つくづく性質の悪い奴だ。

「てめっ!!」
「嘘に決まってるじゃん。私にはブルーがいるんだからさ。
 ね〜、ブルー?」

名前を呼ばれたブルーは興味なさ気にチラリと真理奈を見てから、
机の上でもくもくとパンを食べる作業に戻った。

「ちっ、もう絶対心配しねぇ」
「へぇ、心配してくれたんだ?」

ぬけぬけとそんな事を言う真理奈に後輩ちゃんは白けてみせる。
だけど寂しいと言ったのが本当に嘘ではないと考えられるくらいには
馬鹿ではなかったし、逆にからかわれたことも悪い気はしなかった。

「いいか? 俺はお前の監督役でもあるんだぞ?
 連合大使としての適正があるかどうか近くで見てろって言われたんだからな」

言ってしまっては仕方のないことを後輩ちゃんは告げた。
けれどそれをあえて言うことで真理奈の意識が変われば、
と言ってしまってから思う。

「そうなの? じゃあちょっと色つけて審査してよ〜」

けれど真理奈にはとんと通じなかったようだ。
ケラケラと笑い、ウインクなどかましてくる。
ついに後輩ちゃんは真理奈を説得することを諦めて食事に専念した。

「あーもう、お箸使いたーい」

不満を漏らしながらも楽しそうなその様子に、やはりお気楽なんだなと思った。


――♪――♪――♪――


ロマリアは真理奈だけでなく、後輩ちゃんにとっても初の入国となる。
ロマリアもアリアハンと同じく城を中心にして街を形成する都市だが、
アリアハンとはまったく別物の印象を持っていた。

まず城まで一直線に伸びる大通りが何とも圧巻だ。
アスファルトとはさすがにいかないが、
綺麗に整地した上に色で飽きさせぬよう何色ものレンガを敷き詰めている。
両脇に建ち並ぶ様々な露店は自慢の商品を軒先に掲げて、
その香りで、色で、形で、匂いで道行く人々にアピールしている。
そこに店員の気勢の良い掛け声が加われば、
ついつい興味をそそられてしまって商品をのぞきたくなってしまう。

遠くに望める待ち受けるロマリア城がそんな街の様子を、
坂を上っていくこの大通りの先から見下ろしてくるようにして人の目には映る。
ロマリア城はアリアハン城よりも一回り大きく、よりきらびやかだ。
まず目に付くのは、城の向こうに見える山々の木々の緑を背景とした
深い青色の屋根が何とも鮮やかなのだ。

それぞれの棟毎に思い思いの形で作られた屋根たちに統一をもたらすのは、
中心部により一層高くそびえる一つの塔だ。
そびえ立つにはあまりに精密で豪勢な装飾を施され、
山を越えて地上から天に届くのではないかと思わせる伸びやかな形状。
そのフォルムの美しさはロマリア人の誇りであり、権威の象徴でもあった。

塔の最上階は王族の寝室か何かなのだろうか。
備え付けられた窓の上部には紋章が飾られていた。
白馬が山脈を颯爽と駆け抜けるのをイメージしたその紋章が、
坂を上り城に近づいていくにつれて目で確認できた。
ただそこに刻まれている文字列までここからは読むことはできなかった。
この坂を上りきれば何が書いてあるのか分かるのだろうか。

しかしそれよりも気になることが、ロマリア城へ向かう二人にはあった。
街の人たちが規則正しく一列に並ぶ列が、二人の進む方向にずっと続いているのだ。
それもやたら着飾った女性ばかりが一様に会しているし、
ロマリア国の兵士らしき者も行列を見張るようにして立っている。

そんな様子はどうしたって目に付いてしまうし、



道行く人々も時折並んでいる人を指さしては何かを話していた。

城の正面に開け放たれた城門へとたどり着くかというところで、
その行列が城門へ吸い込まれているのが分かった。
これは一体何なのだろうかという疑問を持っていたが、
どちらもその疑問を口には出したりはしなかった。
どうせ自分たちには関係のないものだと思っていたからだ。
だからその脇を通り抜けようとした時、
入口に立つ門兵に場内へ入るのを止められたのは意外だった。

「駄目駄目。ちゃんと並んで」
「え?」

割り込みなどせず、並ぶのが当たり前だろうと言いたげな叱責に、
真理奈は当然の疑問を投げかける。
もしかしたら王様に会うためには、
これだけの人数を順番待ちをしなくてはならない、という決まりがあるのだろうか。

「並ばないといけないの?」
「そりゃあな」
「そんなぁ、だって凄い列じゃん」
「だがな――」

物分りの悪いやっかいなヤツが来た、とばかりに嫌そうな顔をした兵士が、
それでもめんどくさそうに説得しようとしたその時。

「あなたが並ぶ必要はないわ!」

門兵のそれを遮って行列の中の一人が真理奈に声をかけてくる。
振り返ると手を腰にあて、胸を張っている者が一人。
ちょうど真理奈と兵士の会話を聞けるような位置に立っている。

真理奈よりは少し上の年齢、二十代後半に入ろうかというところだろうか。
キリッとした切れ長の目と細く整えられた眉が、
そして背中まで伸ばされた金色の髪が意志の強さを表している。

容姿に加えてその服装。
黒いミニのフレアスカートから伸びる長い脚は
異性の視線を集めるには十分綺麗だったし、
ちらりと覗かせた胸元はその程よい大きさを上手く感じさせている。

そして何より自信に溢れた表情が身にまとった格好を淫らではなく、
女性の強みとしてしっかりと表現することに成功していた。
女としての魅力を自覚して武器として使えるようなタイプの女性だと見える。
そのお姉さんは強気に言葉を続けた。

「順番も守れないお嬢ちゃんに無理な話よ。
 まぁそんなことも分からない人に言っても仕方のないことかもしれないけど。
 そんな格好で気を引こうとしているくらいだしね」

そんな格好、とは真理奈の制服のことだろう。
この世界で唯一彼女だけが身にまとっているもの。
今では彼女が彼女であることの象徴と言ってもいいもの。
しかしそれが今なんだというのか。

「順番なんて知らないよ! ってかアンタに制服馬鹿にする権利なんて――」
「知らなかったですって。無知であれば許されるとでも思ってるの?
 さも当然だと言わんばかりに城に入ろうとしたじゃない。
 順番を抜かしてもいいってルールがないことを知らなかったとでも?!
 こんなのに並んでるのが目に入らないくらいあなたは彼にご執心なのかしら。
 もう一度顔を洗ってお化粧直しされて来た方がいいかもしれませんわね」

真理奈の激昂をかき消す勢いで彼女はまくし立てた。
理由も分からず因縁をつけられた真理奈はさらに声を荒げてしまう。

「意味分かんない!! はっきり言いなよ!!」
「絶対自分が選ばれると思ってるのかもしれないけど、
 早く勘違いに気付いた方がいいんじゃない?」

女性はそんな真理奈の様子に気付いていたが、
それを気遣うようなことは一切しなかった。

「それに好意を寄せてくれている男性を連れて来るなんて何を考えてるんでしょうね。
 まったく、鈍感と無知は罪だと思いません?」

立ち並び続けて溜まりつつある疲労感を
どこかで晴らしたいという思いがそのまま彼女を突き動かす。
その攻撃性を持った発言に真理奈がうまく反応してくれた。
それで周りの焚きつけに成功したようで、周りもクスクスと小さく笑った。
あからさまに真理奈の方を指してくる者もいった。
自分の思いを周りに悟られないように上手く相手を落とし込めなくてはならかったが、
それにはどうやら成功したようで、気を良くしたように女性は笑った。

彼女には自信があった。
自分こそこの中から選ばれるに違いないという絶対的な自信が。
その根拠は彼女の幼年期に由来するものであって、
彼女の大切な思い出の一つだった。
相手にとっても同じであって欲しいという思いはいつしか、
そうに違いないという思い込みにも似た確証へと形を変えていった。

今日のこの日をずっと待ち望んでいた。
幼少の頃から思い描いていた、彼との再会の日を。
だからこそ長時間並ばされるのは納得がいかない。
ここに自分以外の女が並ぶことにはまったく意味がないのに。
こんな無駄なことをして、彼女たちだって疲れているに違いない。
自分の出番が回ってくれさえすれば、皆が並ぶ意味は途端に消失するのだから。

そんな彼女が不満ぶつける場面を偶然発見してしまったことが
真理奈にとっては不幸だった。

「く〜っ……!!」

嘲笑の的にされた真理奈も何とか言ってやりたい気持ちになるが、
どう返せばいいのかが分からない。
これが格闘技の試合ならぶちのめして終わりだが、そうもいかない。
状況が飲み込めていないのだからそれも当然なのだが、
それがますます真理奈を歯がゆくさせた。
そんな様子をさすがに見かねたのか、後輩ちゃんが真理奈の腕を取る。

「落ち着けって。ちゃんと話をだな――」
「だって! だってだって!!」

訳も分からずしかられた子供のような苛立ちは言葉にはならない。
真理奈がぐずりながら制止を振りほどこうとするので、
後輩ちゃんはさらに力を込めてしまう。

「いいか真理奈。
 お前の振る舞いはそのままアリアハンの意志だと判断されるんだ。
 ここで問題を起こしたら後々マズイことくらい分かるだろ?」
「そんなの知らないよ! もう!!」

真剣味を込めて言い聞かされた真理奈だったが、
ベーっと舌を出してお姉さんにささやかな仕返しをし、その場から逃げ出した。


――♪――♪――♪――


レンガが敷き詰められた街中を行く先も決めずにところ構わず歩き回り、
息があがってきた頃にとある公園に行き着いた。
敷地の隅に大きな木があり、子供たちが登って遊んでいた。
その様子を肩で息しながら見つめていると、ブルーが真理奈に声をかけてくれた。
それでようやく我に帰り、備え付けのベンチに腰を掛ける。

城には入れず、変な言いがかりをつけられ、後輩ちゃんにはたしなめられてしまった。
逃げ出したのは癪だったが、これ以上あの場所に居続けたくはなかった。
もちろんあのムカツク女など相手せずに素直に列の最後尾へ向かえば、
後輩ちゃんの言うように問題にはならなかったのだろう。
しかしあの並びなおしたところで、
城へ入れるようになるにはまだ時間がかかるのだから少しくらいは変わらないだろう。
それよりも今はこのモヤモヤとした気持ちをどうにかする方が先だ。

「ピィ?」
「ブルー!! むかついたよぉ〜!!」

ブルーの体をムニムニと揉んで形を崩し、怒りをぶつける。
指の動きに合わせて自由に形を変えるスライムの体。
その感触はどんな思いも受け止めてくれる不思議な包容力を持っていた。

しかし、ふと思う。
この柔らかい体でも痛みを感じることがあるのだろうか。
どう見てもこの透明な肉に神経が通っているとは到底考えられない。
真理奈とブルーの付き合いはそれほど長くはないが、
暇潰しと称してはその体でしょちゅう遊んで楽しんでいた。
ブルーが体の線を崩されてむずかったりくすぐったそうにしたりはするが、
苦痛の声をあげたことは一度もない。

だがもしブルーの精神が痛みを感じていたとしたら。
もし真理奈にも気付くことのできない心の声があったとしたら。
そう考えると酷く息苦しくなった。
知らない内に誰かを傷つけているかもしれないと考え過ぎるのは虚しい。
けれどそれよりも自分とは違ってブルーにはそのはけ口がないのかもしれないのだ。
その場合、ブルーのモヤモヤはどこに行くのだろうか。

「ブルーも私を使っていいんだよ?」
「ピィ?」

何のことだか分からないような顔でブルーが笑った時、
真理奈のバッグから着信を告げる音が聞こえてきた。


♪♪♪あの〜虹を〜渡って〜


誰から電話がかかってきたのかは確認する必要がない。
こんな圏外でも平気でかけてくる奴などたった一人しかいないからだ。

「なに〜?」
「おはようございます。どうですか、この世界には慣れましたか?」
「ん〜どうしたら慣れたよって言えるのか分かんない」
「いえ、でも落ち着いているようなので」
「そんなことないよ! 何か色々分かんないこと多すぎだし」

もし元からこの世界の住人だったなら、
先ほどのお姉さんが言っていることも理解できたのだろうか。

「それこそ慣れの問題なんでしょうね。
 この世界のことを知ることこそが、
 あなたに与えられた最初の仕事なのかもしれません」
「もう、みんな仕事仕事ってうるさいなぁ。
 私まだ女子高生なんですけど?!」

独り言を言っていると思われたのだろう、
木登りをしていた子供たちがチラチラと真理奈の方を見ていた。
子供たちに笑顔で手を振って安心させてから、真理奈は後ろを向いて座りなおした。
ちょうど高台に位置する公園なので、そちらは街を見渡せる方向になる。

「ねぇ、どうして私を選んだの?」

口に出してしまってから、そういう疑問が自分にあったことを思い出す。
この世界に連れてくる人材を決定するのは全てルビスの裁量にかかっているはずだ。
言ってしまえば仕事もできないような人物を選ばなくてもよかったのに、
なぜ自分なのだろうかという思い。

そう言えばあのムカツクお姉さんも選ばれるとかどうとか言っていたような気がする。
少なくとも自分が選ばれるなどという勘違いはしておらず、
むしろ選ばれる訳がないと思っていたのだ。
それも当然だろう、異世界に召喚されるなどということは夢物語でしかない。

「そうですね、本当は私の寂しさが紛れればよかったのですが……」
「寂しさ……?」

その時、少しだけルビスが言いよどんだのを感じた。
心の奥で思うところがあるのだろう。
それが何かは分からないが。

「かつては私も、違う世界の住人だったのです」
「え、そうだったの?」

真理奈にとっては意外な発言だった。
後輩ちゃんがそのようなことを言っていたが、どうやら本当だったようだ。
思いがけずに伝承が事実であると確認できた瞬間であったが、
真理奈に話したところでこの世界の歴史に影響を与えはしない。

「帰りたいという気持ちが私にもなかった訳ではありません。
 この世界にはないものがイデーンには数え切れないほどありましたから。
 ランデールの町並み、静謐なるレピディオ湖、
 山々に隠れし三の谷、あの魔峰オーブでさえも今は懐かしく思えます」

きっと遠い昔の出来事なのだろうと真理奈は感じた。
それほどまでにルビスの声には望郷の念がこもっていた。
今の真理奈にとって共感できる気持ちではある。

「ですが私はこの世界のために尽くすことを決めました。
 それが私の使命であり、私を愛してくれた人への契りなのですから。
 そして今の私はこの世界をとても愛しています」
「ふぅん、それがあんたの信条なんだ」
「えぇ、ですから真理奈にも私と同じように――」
「私にもこの世界のために尽くしてほしいって?」

突然真理奈の調子が変わる。

「寂しいって、だからなの?
 私にも同じ境遇を味合わせて! 仲間が欲しかったんでしょ?!」

ルビスが自分と同じような境遇であったことは分かった。
だけど、だからと言ってルビスと同じように
このアレルムンドに尽くすなどということには賛同できない。
その言い草が不純な動機によるものだと思えたからだ。
もし本当に仲間が欲しかっただけなら、ルビスを憎んでもいい。
未だやりきれない思いを胸に秘めたままだった真理奈は、
それをぶつける意味も込めてルビスを責めた。
しかし。

「そうではありません」

声を荒げた真理奈に対して動揺することなく、ルビスは静かに否定した。
やましい気持ちのない凛とした言葉に真理奈は息を呑む。

「これまでとは違う立場に自分の意志とは無関係に置かれた時の、
 他人には言えない苛立ちは分かります。
 ましてや真理奈を連れてきたのは私自身なのですからね。
 だからこそ、私はあなたの気持ちに沿うようにしたいと思うのです」
「私の気持ち……?」
「えぇそうです。
 あなたの気持ちが一番の鍵を握っているのですからね」

さらりと身構えてしまうようなことを言われてしまう。
今まで奔放にしてきた自分の気持ち次第で何かが変わってしまうのだろうか。
そう想像しただけで困惑してしまう。

「それにわざわざそんな謀をしなくても、私とあなたは同じ点があるのですよ」
「え、どんな?」

ふふふ、と笑うルビス。
もったいぶられた真理奈はその答えを急かすが、
ルビスはそれ以上その話題には触れずにはぐらかした。

「もちろんアレルムンドを救うということに
 真理奈がもっと心持ちを良くしてくれれば私も嬉しいのですが、
 今のままでは無理なんでしょうね」
「そりゃそうでしょ。そうする理由が私にはないんだもん」

素直に答えておいた。
相手はルビスなのだから、頑張りますと嘘で取り繕っても仕方がないだろう。

「そうですね。ではこれからその理由を作りましょう、真理奈?」
「なによ」
「私と友達になってください」
「は?」

いきなり何を言い出すのだろうか。

「真理奈に新しい友達ができたとしましょう。
 しかしその友達はとても困っています。
 そしてあなたは困っている友達を放っておくことはできない性格です。
 するとあなたはその友達のために一生懸命動かざるをえません。
 最終的に友達は笑顔であなたに心からありがとうと言うでしょうね。
 どうです、なんて素敵な案だと思いませんか?」

「……」

得意気に、そして嬉しそうに語るルビス様の頭の構造を疑ってしまう。
きっと彼女は自分の提案がとてつもなく良いものだと思っているのだろう。

「友達になりましょう真理奈。
 私もそろそろメールというものを覚えようと思うのです。
 友達らしく文の交換などをすればきっと楽し――」

躊躇わずに通話終了ボタンを押した。
これ以上聞くのは馬鹿馬鹿しい。

なんという一方的で打算的な接近の仕方だろう。
真理奈にとっては友達となることにメリットが感じられないし、
なりたいとも思えない。
結局は究極的に自分勝手なのだ。


♪♪♪あの虹を渡って〜


再度のコールにすぐに応える。
まだ何か言い分があるなら聞いてやろう、そういう思いである。
だが、もしもしと言ってもルビスは何も喋らなかった。
相手が電話口にいることは分かるが、言葉を発することをしないのだ。
もしかしたらルビスではない、違う誰かからの電話なのかと思い、
ディスプレイを確認してみるが、そこにはやはり【ルビス】と表示されていた。

けれどよくよく耳を傾けていると、少し溜め息をついているのがわかった。
無言で真理奈を責めているというのではなく、
むしろ自分を責めているがゆえに言葉が出ないといった感じ。

「……もう、何とか言ってよ」
「そうですね……すみません真理奈。
 あなたの気持ちは分かりました。
 いつかあなたは自分の意志でこの世界のために動くはずですから、
 今はそれでも構いません。
 当分は私のわがままに付き合うようにお願いします。
 その代わりあなたの願いを何か一つ叶えますから」

提案が受け入れられなかったことがそんなにも悲しかったのか、
ルビスは気落ちした声をしていた。
その割にちゃっかりと自分の良い様に交換条件を残していくあたりは抜け目がない。
まぁ真理奈にとってはこちらの提案の方がありがたかったが。

「ホント? じゃあ誰かに電話させて!」
「分かりました、善処しましょう。では今日はこれで失礼します」
「お願いね」

誰かというのはもちろん日本の知り合いの意だ。
きっと心配しているに違いない。
何とか一報入れられればと思っていたのだが、
ルビスはきちんとやってくれるだろうか。

通話終了ボタンを押して携帯をバッグにしまった。
元気のないルビスの声を思い返すと、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「謝るの、忘れたな」

勘違いで怒鳴ってしまったのも詫びていない。
だけどルビスはそんなことで自分と関わるのを止めるような人ではないと真理奈は思う。
アレルムンドを救うという使命を真理奈に与えたのはルビス自身であるし、
それ以上に無言でかけ直してきたことがそれを強く証明している。

「ピィ?」

ブルーが真ん丸で純粋そうな目で見てきた。
ルビスには今度謝ろうと決めて、真理奈はブルーの体を撫でた。
不思議にも心は晴れていた。

きっと女神だなんだと称されているルビスの人間らしい部分を垣間見たからだろう。
思い直してみると、そのギャップが真理奈にはおかしく感じられた。
この世界の人たちにルビスの正体知れ渡ったらいったいどうなるんだろうか。
崇拝しているものが自分たちとさほど変わらないという事実が判明したら、
誰もが目を丸くするに違いない。
その秘密を知っているのは現時点で自分ただ一人なのだ。
そう思い当たると何だかすごく愉快な気分になった。

「よーし、もう一回やってみよっか!」

楽しいことがあればやる気になる真理奈の心持ちは再びやる気の芽を宿す。
このままでお城に入れないなら、入れるようにするまでだ。

「行くよブルー!!」
「ピィー!!」

オーッと掛け声をかけて真理奈は再び走り出した。


――♪――♪――♪――


「ったく……」

時刻は夕暮れに差しかかる頃、下の階には宿泊客がちらほらと帰ってきているようだ。
それに伴い、少しずつだが賑やかな声が大きくなっていく。

(ちゃんと帰って来れんのか? 迷子になったって知らねぇぞ)

そんなことを思い浮かべながら、後輩ちゃんは大きい溜め息とともにベッドへと体重を預けた。
昼間に真理奈と別れてからかなりの時間が経っているが、彼女はまだ自分の前に現れていない。
宿の人に伝言をして適当なところを歩き回ってみたのだが、
まだこの街に来たばかりで地理もよく知らないのだから、そもそも当てがない。
結局捜索は無駄足に終わった訳だ。

真理奈はちゃんと帰ってくるのだろうか。
本当に迷子になっているのかもしれないと思うと、暗くなってからの捜索は難しい。
まぁ街の中にいればモンスターに襲われるということもないが。
それでも彼女が走り去った後に一度も姿を見ていないのだからどうしても気になってしまう。

一悶着あった後に後輩ちゃんがまずやったのは、
あの長ったらしい行列が何のためにあるのかを門兵に確かめることだった。
真理奈の連れということで怪しまれていた後輩ちゃんだったが、
昔は彼と同じ立場だったことを活かして上手く聞き出すことに成功する。
どうやらあれはロマリア国の王子様と謁見するための順番待ちの列らしい。

何でも今は国をあげてのお見合いを開催しているようで、
女性ばかりが並んでいたのはそういう理由があったからだ。
城に入るためのものであることには変わりがないが、
あまりにも長いすぎる列にできあがっていたのは、
王子が自薦他薦問わずに全ての女性と会見しているから、という話だった。

シンデレラポジションを望む女たちが自分の番を今か今かと待ち望んでいたところに、
真理奈はのこのことやって来た訳だ。
それで順番を抜かして自分だけ早く王子様に会おうとした、と勘違いされてしまい、
皆のひんしゅくを買ったのだ。
特にあのお姉さんにとって、
自分は王子に選ばれる特別な存在だから順番待ちなどしなくてもいい、
と真理奈がそんな風に考えていると映ったに違いない。
だからこそあんなにも強く突っかかってきたのだろう。

真理奈をお嫁候補だと勘違いしたのはあの女性だけではないのだから、
一概に彼女だけを責めることはできない。
きっと街の人が何やらヒソヒソと話していたも、
姫として選ばれるのは誰彼だという内容だったに違いないだろう。
そう言えば宿屋の人が妙に優しくしてくれたのも、
他国からお見舞いに招かれたのだとでも思ったのかもしれない。
もし王子の嫁として真理奈が選ばれれば、
王妃が宿泊した宿屋として評判を得ることができるだろうからだ。
経営者としてそれは正しい判断だ。

それはともかくとして、そんな誤解を撒き散らしたから今の状況があるのは確かだろう。
だがそれもこれも真理奈がきちんと話を聞かなかったからであって、
別件で城を訪ねたことを伝えれば何もこじれることはなかったはずだ。
事前にそういう事情があると知っていればまた少し違った結果を生んでいたはずだが、
とにかく済んでしまったことは仕方がない。

今はどこかへ行ってしまった真理奈のやる気をどう促進してやるかを考えなくてはいけない。
あいつは結構な気分屋だから、
一度嫌だと思ったものにもう一度手をつけさせるのは難しいかもしれない。

何かエサで釣ってやるのが一番簡単な方法なのだろうが、
真理奈の欲しがりそうなエサが思い浮かばなかった。
宿の人にロマリア名物の何か美味しいものでも聞いて、
文字通りエサを与えてみようか、などと考えたところで別の思考にたどり着いた。

連合結成のためにはロマリアと手を繋いだ方が良いに決まっている。
だがその交渉をするのは真理奈であって、自分はあくまで監督役なのだ。
もちろんアドバイスもするが、何も無理してまでやる気を起こさせる必要もない。
もしこれで真理奈がもう交渉はしたくないと決めたなら、
それをそのままアリアハン王へ伝えるのが自分の役割だ。
一番に問われているのは真理奈の気持ちなのだから。

「だよな、俺がやる気出してどうするんだよ」

ベッドに転がり、もう一回大きな溜め息をついた。
そう結論を出しても、何かやるせない気持ちになっている自分がいた。
その理由はどこにあるのだろう。

真理奈が馬鹿にされたことが悔しいのか。
真理奈が逃げ出してしまったのが癇に障ったのか。
はたまた真理奈をうまく補佐できない自分にいらだっているのか。
しかし真理奈はまだ宿に帰って来ていない。
いつ帰って来るのかも分からない。

日が暮れて街の音が遠ざかっていく中で、後輩ちゃんはベッドでまどろんでいった。

「後輩ちゃん! お金ちょうだい!!」
「うわ!!」

そんな時、勢い良く扉を開け、意気揚々と真理奈が乗り込んできた。
それも何やらとても真剣な様子だ。
突然の覚醒を強いられたということもあるが、それよりも真理奈の表情に驚いた。
さっきまでのぐずついた様子は一つも見受けられず、
いつもの調子に戻った真理奈、という感じだった。
しかしその頼み事が何の為なのかは分からない。

「ねぇねぇ! お金〜」
「おい何だよ。急にそんなこと言われても――」
「いいから早く〜! お店閉まっちゃうから!!」
「分かった分かった! いくらだよ」
「分かんない! けどたくさんかも。明日着る服だからさ」
「服だぁ?」

早く早くと急かす真理奈の剣幕に押されて後輩ちゃんは否応なく了承をする。
服を買うのには十分過ぎる量の金額を渡しておいた。
この世界の通貨には慣れていない真理奈だが、お釣りをもらってくるくらいはできるだろう。
ちなみに一緒についていくという案はあっさりと却下された。

さらに首を長くして真理奈が帰ってくるのを待った後、
何を買ってきたのか問い詰めたが、明日のお楽しみだと言って答えなかった。

「大丈夫。もう逃げないからさ」

と、その表情に後ろ向きなところは一切見られないが、隠し事をされては良い気はしない。
逆に言えば、何かをやる気になったということは分かるが、
いきなりテンションが上がった原因は分からず、どこか腑に落ちない。
仕方なくまた明日を待つが、気になって今度はなかなか寝付けなかった。

次の日、いつもより早く目が覚めた。
階下に下りて顔を洗い、宿の人に挨拶をして、少し準備運動をして時を待った。
そして遅めに起床してきた真理奈と一緒に朝食を取る。
後輩ちゃんの様子を見て少しニヤニヤしている真理奈にむかついたので、
髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
朝食はロマリア名物のオレンジジャムをクロワッサンにつけて食べた。
オレンジの酸味が舌を刺激するが、パンの甘さがそれをちょうど良く緩和してくれた。
それから食後のコーヒーを何杯も飲み、真理奈の準備が終わるのを待った。
昨日から待ってばかりでちっとも楽しくない。
だがそんな退屈を吹き飛ばす出来事が待っていた。

「じゃーん! どうよ、似合うっしょ?」

ようやく姿を見せた真理奈を見て、コップを持つ手の動きが止まる。

「お前……」
「うんうん!」
「お釣りは?」
「私の笑顔で」

期待するような目でこちらを見つめてくる真理奈。
確かにその薔薇のように深い赤に、派手すぎずあくまでシンプルな作りのドレス。
だけどその素材は明らかに良いものを使っていると分かる。
大きさ的な意味で胸を強調できない為に慎ましく隠しているが、
デザインとアクセサリーが上手く可愛さを引き立たせている。
まさかオーダーメイドではないだろうが、このドレスも真理奈に着てもらえて嬉しいはずだ。
一言で言い切ってしまえば、似合っている。

けれど。
普段自分が買っている服の値段の5倍以上の金を渡しておいたのだ。
女性服の相場は分からないが、
少なめに渡してまた真理奈が恥をかくような状況になれば後が怖いとも考えた。
しかし彼女は有り金のほとんどを使ってこの真紅のドレスを手に入れたらしい。
正確には靴やら何やらまで含めての値段だが。

さすがに怒らなくてはいけないだろう。
国に出してもらった金とは言え、ドレスのお釣りが真理奈の笑顔だけでは、
手元に残っているのは宿代食事代+αくらいだ。
一週間でアリアハンに帰るには、明後日にはロマリアを出発しなくてはならない。
もし何らかのトラブルが起こって出発できなかった場合は、
キメラの翼を買って帰るよう言われていたのだ。
期日に間に合わなければ、連合の旅に加わることができない。
レキウス王には格別の配慮をしてもらったのだが、
今キメラの翼を買えば残りは手に握れるほどしか残らない。
あとで何に使ったか問いただされることもあるかもしれないのに、
それを真理奈は全然分かっていない。

だけど後輩ちゃんは真理奈に一言も忠告することができなかった。
真理奈の姿に見惚れていたのだ。
アイラインは瞳の大きさをはっきりとさせ、
ドレスに負けない華やかさを演出していたし、
ドレスの色に合わせた口紅がぷっくりと柔らかそうだった。
いや、口紅にドレスを合わせたのかもしれない。
いつもより多少手を入れた化粧と服装が真理奈を少し別人に見せている。
今の真理奈のようなお姫様がこの世界のどこかにいてもおかしくないと思えた。

「何とか言ってよ」
「うん、あぁ、いや……何かお前じゃないみたいだ」
「何それ」

ふふっと笑う真理奈はいつも通りだったけど、やっぱり言葉遣いが気になる。

「どうせだから丁寧に喋ってみろよ。お姫様意識してさ」
「ん〜」

小首をかしげ、少しだけ考えた後。

「お城まで連れていってくれませんか? 王様に用事があるんです」

手をお腹のところで重ね合わせ、静かな微笑みを携えて言った。
普段の真理奈と比べてしまうと変わり様に吹き出すしかないが、
この時ばかりは、はい、としか答える他がなかった。


――♪――♪――♪――


ドレスを着るのを手伝ってくれた宿の人にお礼のチップを渡し、今日も城へと向かう。
着慣れないドレスとシューズに足を取られそうになりながらも、
真理奈が歩いてる様は街に溶け込んでなくはなかった。
少なくとも高校の制服よりは他人の目を引かない。

昨日はその制服を馬鹿にされたので、真理奈はこの時代に合ったものを購入してきた、
列に並ぶ女性たちの衣装とまったく遜色ない。
着物さえしっかりしてすれば城に入れるだろうと考えたようだ。
その考えは間違っておらず、現に今、街は真理奈を城へ向かう人だという風に見ている。
ただ、それは真理奈が知らない事柄を含む目線でもある。

「一応言っとくけど、これ王子様のお見合いの列らしいぞ」
「え、そうなの? やっぱ関係ないんじゃん」

普通に王様に会おうとする分には確かに真理奈たちには関係のない行列だ。
元はといえば真理奈がきちんと門兵に説明しなかったのが悪いのだから、
列に並ぶという方向性でロマリア城に入ろうとしなくてもいい。

「じゃあついでに参加しちゃおうっか?」
「おいおい、万が一気に入られたらどうすんだよ」
「それならそれでいいかも。王子様と会えるなら話が早いじゃん」

そう言って真理奈はケラケラと笑った。
真理奈にお姫様という言葉は不釣合いな気がしたが、
この格好ならアリなのかもしれない。
ただ言葉使いが丁寧になったのはさっきの一瞬だけで、
今はもういつもの話し方に戻ってしまっている。
特に必要と思わない限りきっとこのままなのだろう。

ともかく真理奈は正装をしてお城に入ることにこだわった。
それと、列にしっかりと並んで城に入るということをまっとうにやり遂げたという事実が、
今の真理奈にはとても大事なことなのらしい。
しっかりと門番に言付けをして、大臣なり王様なり、
国の重役様と会見するのが正規の手順なはずだが、ここで後輩ちゃんは何も言わなかった。
あくまで自分は補佐であって、基本は真理奈のやりたいようにやらせたい。
言っても聞かないし、その方が真理奈らしさが出るかもしれない。
何よりもう一度真理奈のモチベーションが上がったことで安心していた。

城へ向かう者たちに自慢の商品を売りつけようとする商人。
ちょっかいを出す者たちが行き過ぎないように見守る兵士。
立ち並ぶ綺麗どころを見物しようと集まってきた男ども。
どの娘が新しい王妃となるのか口々に噂を立てる女ども。
ここぞとばかりに怪しいお土産グッズを勧める店員の声。

一種の祭り状態と化したメインストリートに並ぶこと3時間強。
ようやく城に入れたのがお昼を過ぎた頃で、
それからもう1時間待ってから、いよいよ王子へのお目通りが叶った。
座っただけで上等なものだと分かるソファーに座り、
良い香りのする紅茶を専用のティーカップで飲んでいるところに彼は現れた。

「お待たせしてしまいましたね」

一番に印象的なのは、部屋に置かれている調度品と同じように質の良いその金髪。
サラサラとして線の細い髪束が柔らかく頭を包んでいる。
そばかすが少し目立つが自尊心に溢れたような表情を持つ青年だ。

「ホントだよ〜、ちょー疲れた。もうちょっと何とかならないの?」
「そうですね、申し訳ありませんでした。
 しかし、きっと運命の人に出会うというのは難しいのでしょう。
 女神は気まぐれで、どこに潜んでいるのかも分かりません。
 探し出そうとすると時間がかかってしまうものです」

国中の娘と会見したらしいが、疲れているような様子は見られなかった。
しかしわざわざそんな場を持つだなんてよっぽどの暇人なのだろうか。
王族なのだから素直にどこぞの国のお方と婚姻すればいいのに、
と後輩ちゃんは思わないでもない。
理想が高いのか、それともよっぽどの女好きか。

だがロマリア国民とってこれは願ってもないチャンスだった。
未婚の娘を持つ家族は取らぬ狸の皮算用をし、将来の安泰を夢に描いた。
男を産んだ夫婦はなぜ女を産まなかったのかと、神に見放されたがのように嘆いた。
庶民が王族に加わるなどという話が現実にはとうていありえないと分かっていても、
もしかしたらもしかするかもしれない、という希望を捨て去ることはできない。

けれどそんな希望を持たない真理奈は彼の言葉のある点に同意する。
女神は気まぐれ。
その言葉を自分勝手な女神と結びつけて彼に同調する。
それだけで共通の話題があると思った。

「あ、それ分かる! 女神とか嫌いだよ」

確実に誰かを思い浮かべて嫌いだと言い放った。
そうは言っても心底憎いという訳ではなかったが。

「そういったことは言わないというのが古くからの約束事です。
 こうして僕たちが出会えた事だって、彼女のおかげなのですから。
 あぁ、挨拶が遅れました。
 ロマリア国第一王子フィリアス3世、気軽にフィリーとお呼びください」

さらさらと流れるように言葉を紡いでいく王子フィリー。
気安さを感じさせる喋り方は聞いていて気持ちがいい。
その身のこなし方も紳士的で優雅だ。

「ようこそいらっしゃいました。真紅のドレスに身を包んだお嬢様。
 今日という日をくださったルビス様に僕は感謝します。
 そしてあなたにとってもそうでありますように」

褒め言葉を述べつつ、手の甲に接吻をされて真理奈はドキリとする。
今まで生きてきてそんなことをされたのは始めてだった。
と言うかそんなことをする人が本当に世の中にいることが驚きだった。
だがきっとお見合いした女性たちにも同じようなことをしたに違いない。
外国人にとってキスは挨拶、という言葉を思い出した。

「王子様ちょっと待って。今日はお見合いに来たんじゃないんだよ」

本来の目的を話す流れにしようと真理奈は手を引っ込めつつ、王子を制止した。
王子はその言葉の意味が把握できていないようで、少しだけ言いよどむ。

「どういう、ことですか?」
「えっとね、モンスターが街を襲ってきたの知ってる?
 アリアハンは大丈夫だったんだけど、
 アリアハンの近くの村とか、あとどこかの街もやられちゃったんだって」

要領を得ない説明だったが、フィリーには思い当たる節があったようだ。

「聞いています。嘆かわしいことですね……」
「うん……それでね、世界中の皆で協力して魔王を倒そうって連合を作ることにしたんだよ。
 ほらこれ、アリアハンの王様から手紙も預かってきたし。
 それでね、ロマリアも連合に参加して欲しいなって話を王様としようと思って来たの」

アリアハン王の刻印が押されている手紙を王子に差し出しながら事情を説明した。
刻印を目でなぞる王子。
手にとってしたことはそれだけで、手紙を開くことはしなかった。

「なるほど、連合とは面白いことを考え付くものです。
 かの偉大な勇者ロトのお姿も今は遠く彼方へ消えてしまわれたそうですしね。
 一説には天界に呼ばれ、神になったとも聞きますが」
「勇者いなくなちゃったんだ」
「えぇ、また新たな勇者が現れて再び平和をもたらせてくれればいいのですが」

ふぅん、と分かったような相槌を打つ真理奈。
話がそれていきそうな雰囲気を感じて、後輩ちゃんは流れを戻す。

「ですからその件でお話があるので
 ロマリア王にお目通り願えるようフィリー王子から頼んでいただきたいのですが」
「なるほど」

と、そこまで話したところで区切り、少しだけ考え込む王子様。

「しかし、ではなぜ僕のところに来られたのですか?
 わざわざそのようなお出で立ちをなさらなくとも、
 最初から直接父と話ができるようになされば良かったのでは」
「そうなんだけど、ほら、王子様なら王様に話が通るまで近いかなって」

真理奈の姿は確かに婚礼事の仕様になっていて、
ロマリア人ならばお見合いに参加するのだと端から決めてかかる。
城に行く為の服が欲しいと真理奈が言っただけで、洋服店員はこのドレスを仕立ててくれたくらいだ。
しかしさすがにこうなった一連の流れを説明するのを真理奈はめんどくさがった。
そしてそれはフィリーの疑念を生む。

「近い、ですか」

考え込むように一息つけてから、王子は違うことを口にした。

「それにしても女性が使者とは珍しいですね。しかもまだ若い。見聞の為か何かですか?」
「いや〜ちょっと自分の世界に帰るためにさ」

何も考えていないお気楽さで真理奈が笑う。
あれだけ言うなと言われていたことをこうも簡単に口に出すとは。

「自分の世界、ですか? それはいったい……」

案の定いぶかしがっている王子様を見て慌てて後輩ちゃんが取り繕うとする。

「すみません王子。
 彼女今ではアリアハン大使ですが、実は異国の出身者なのです。
 訳ありで母国には帰れないのですよ。
 それで今はアリアハン王の許可の下、こうして働いているんです」

一応嘘は言ってない。
世界を国と言い換えたが、意味的にはすり替え可能だろう。
そんな些細な違いを気付かれたとは思わないが、
王子はそこで静かに目を閉じて何かを思案してから言った。

「残念ですが、父に会わせる訳にはいきませんね」
「え? 何で?」

当然の疑問に王子は封の切っていない書状を指し示して言う。

「確かにこれはアリアハンの印のようですが、偽造されたものとも限りません。
 あいにく僕では判別がつかないものですから」
「じゃあ分かる人に見てもらってよ、本物なんだから」
「そこです」

ピッ、と人差し指を立ててポイントを強調するような仕草をする。

「なぜわざわざこのような手段を取ったのか。
 それが分からなかったんです。
 あたかも僕の嫁に立候補するような真似はしなくとも、
 この手紙と証が本物なら父に会うことは容易でしょう」
「何が言いたいのさ」

何やら旗色と真理奈の機嫌が悪くなってきた。

「つまりお見合いに紛れ込むようにして城に入り、
 真偽の分からない僕を利用して父に会おうとしたのではないですか?
 その真意は……聞いても答えてはくれませんよね。
 むざむざとばらす必要もありませんから。
 まぁ金目当てか何かなのでしょうが、もう少し上手くやるべきでしたね。
 しかし今ならまだ露見したことにもなりませんから――」

「ちょっと待ってよ。 あんたこそ本物の王子なの?」
「本物……?」

得意気に、そして気持ち良さそうに自分の推理を述べていたフィリーの顔が止まった。
真理奈に割り込まれなければそのまま自説の正しさに満足しようとしたに違いない。
そんなフィリーを真理奈は許せない。

「だってフィリーも勝手に話進めてるじゃん!
 私は話しに来たのに、城に入れなかったし、色々言われたし、
 服だってしっかりしてきたのに……
 モンスターが来てるのだって、人が死んでるのに……
 どうして?!」

真理奈の脳裏に映るレーベの人々の末路。
あの見開いた目は今でも思い出せる。
彼らのような人を目の前にしては、世界を救うという名目も霞んでしまう。
もしロマリアもそのようになってしまうかも、と想像できれば無下にはできないはずだ。
しかしフィリーにそういう想像力はない。

「そうですね、それはあなたが私の好みではないからでしょう」
「は?」
「僕はきちんとした口の利き方のできない方はどうも好きになれないのです。
 もっと人は高尚であるべきだとは思いませんか?
 ただ人間だけが精神を昇華させることができ、手に入れることを許された――
 そう! それは愛!
 本当に必要なのは美しいまでの愛ですよ!

 愛こそ世界を豊かにするのに必須のものでしょう。
 それこそモンスターに対してもそうです。
 武器を持つのではなく、大地を包むくらいの愛を持ってモンスターを抱きしめるのです。
 そうすればきっと世界は平和になるに違いない。 
 ですから僕は至高の愛を育めそうな方を探していたのですが、どうにもね」

身振りを交えてオーバーなくらいのリアクションをつけて
自分の言いたいことだけを満足げにずらずらと述べ、舞台役者のように悲嘆する。
誰かに説得されることは決してなく、自分の真理だけを信じているのだろう。
詩の世界に住み、そこで交わされる言葉だけが彼の世界なのだ。

「お待ちください、王子」

そんな様子を見かねて後輩ちゃんはたまらず口を出す。

「経過はどうあれ、私たちはアリアハン王の意思を伝えに来たのです。
 それをこうも簡単にしりぞけるとは、いささか失礼ではありませんか。
 せめて中身だけでも確認していただかないと……
 それに彼女はまだ世に慣れぬ身。不勉強で心身良くない点もあるかと思いますが、
 どうかそこはご容赦を――」
「そこまで分かっていて、アリアハン王はなぜ彼女を使うのです?
 不勉強、それはそれで構わないのです。
 つぼみはやがて花となりましょう。
 そんな世界の必然をとがめている訳ではありません。
 僕が気にしているのは、なぜつぼみを花瓶に飾ったのか。
 花開くまで待たなかったのか、ということ」
「それは……」

教育期間を置かず、すぐに交渉の第一線へと送り込んだ理由。
後輩ちゃんとしてはあまり言いたくなかったこと。
だけど、こうなっては仕方あるまい。

「それは、真理奈がルビス様の遣いだからです」
「ルビス様?」
「はい。今やこの世界は再び魔の手に落ちようとしています。
 そこでルビス様は真理奈をお連れになったのです。
 きっと平和を維持し、悪を抑え込む手助けとなってくれることでしょう。
 そういった期待をアリアハン王はなされているのです」
「なるほど、ではそれを証明していただけますか?」
「証明、ですか」
「アリアハン王からの文、信じましょう。
 印がありますからね。
 しかしあなた方、特に真理奈さんの身分は証明されていません。
 この文が盗まれた物とも限りませんし。
 ましてルビス様の名を騙った悪魔ではないと、どう明らかにするのです?
 天使の証明、今ここで見せてもらいましょうか」

ここでまさか学生証を出す訳にもいかないだろう。
決してできない悪魔の証明、それを盾に勝ち誇ったニコリと笑った王子が言い放つ。

「本日は私のためにお越しいただきありがとうございます。
 縁があれば再会できるでしょう。
 その日までご機嫌麗しくあられますよう」

もうフィリーには連合の話をするつもりがないのだろう。
立ち上がり、あくまで紳士的な態度で出口の方へ手を差し出すフィリー。
王子のにこやかな表情が不快に感じる。
有無を言わずに退席しろという雰囲気、真理奈は素直にそれに応じて退出する。
彼女がもっと怒るかと思っていた後輩ちゃんは、
弁護するのも忘れて真理奈に付き従うしかなかった。


――♪――♪――♪――


朝目覚めが悪いのはもちろん寝坊介な部分があるからだが、もう一つ理由がある。
訳もなく突然、夜中に覚醒してしまうことがあるからだ。
この時ばかりはスムーズに頭が回転を始めてしまうが、
時間が時間だけにそれは決して好ましいことではない。
二度寝をしてしまう時のようにぼんやりとした状態ではなく、
日常の活動をしている時のようにはっきりと起きてしまう。

頻繁に起こる訳ではないが、度々こうなってしまう。
もう一度寝ようとしてもすぐには睡魔は襲ってこないことも分かっている。
だから無理に寝ようとしないで眠くなるのを待つようにしていた。
それが真理奈の慣習だった。

ベッドの上でボーッと考え事をしたり、漫画を読んだり、
お茶を入れてくつろいだり、好きな曲を聴いたり。
ただ今日は、外に出て散歩でもしてみようかと思った。
ブルーの綺麗な瞳がこちらを見ていたからだ。

上着を一枚羽織り、外に出た。
すっかり喧騒さを潜めた通りには灯火が揺らめき、
降り注ぐ月明かりが静かに街を浮かび上がらせている。

車のエンジン音も電車の走る音も聞こえない夜は、
今自分だけがこの時間を生きているような感覚をもたらしてくれる。
肩にいるブルーも真理奈の気持ちを察してか、静かに佇んでいる。
自分ではないものと同調している気分は、悪くない。

自分とブルーが仲良くなるのに言葉はいらなかった。
今も馬小屋で休んでいるだろうエクウティスとも、
昔学校で密かに飼っていた犬とだってそうだ。
別に動物だけではない。
人相手だって、仲良くなりたいと笑って接していればすぐに友達になれたものだ。
気持ちを誰かに伝えるのは言葉じゃない。

あのお姉さんだって最初は何て綺麗な人なんだと思った。
身にまとっている物がどこの店で買ったものなのか聞きたかった。
王子とだって仲良くなれると最初は思った。
ルビスの本性を教えてあげたかった。

その思いが伝わらなかったのがもし自分の言葉使いのせいならば、
後輩ちゃんの言う通りにもっと丁寧に喋っていれば、
今の状況とは変わって上手くいっていたのだろうか。
しかしその仮定が現実になっていただろうと真理奈には考えられない。
分かり合えない人とはどうやっても分かり合えないのだ。

人は色んなものに縛られて生きている。
それを解いて手を繋ぐには、きっと言葉以上のものが必要なのだ。

「まだ魔王を倒せって言われた方がマシだったな……」

もしかしたら、魔王と話す方が合うかもしれない。
そう思ってしまうのが真理奈の血なのだろう。
他人と関わるのは好きだが、煩わしいと思うこともある。
そうなるくらいなら体を動かしている方が百倍も気が楽だ。
無駄な思考は自分を妨げることが多いような気がしてならない。

そぞろに道を歩いていくと、正面に立つ建物のどこからかワッ! と歓声が聞こえた。
直接ではなくて壁越しの噂話を聞くようで、興味を引かれて建物に足を踏み入れる。
声に導かれるままに階段を降りていくと、音楽が近づいて来るのが分かる。
扉を開ければ、ざわざわと騒がしいくらいに活気だった地下空間が広がっていた。

(ここ、何だろ)

入口で入場料を要求され、真理奈は後輩ちゃんから貰ったこの世界のお金を出した。
ワンドリンクつきだったようで、暖められたぶどう酒と共に入場を許される。
中には深夜だというのに多くの人が集まっていた。
客層から見て真理奈は少し色が違っていたが、彼らの視線はある方向に集中していた。

視線の中心、その一点には、地下をさらに掘り抜いた舞台があった。
あちこちに設置されたテーブルからそこを見下ろせるように作られているようだ。
あえて灯りを落とした場内の中で、そこだけが特に光を集めるよう演出されている。

舞台を少し覗いて見たが、今は余興の合間のようで誰もそこにいない。
きっと今ひとつ経てば何かが始まるのだろう、という予感。
空いていた脚の高いテーブルに肘をかけ、ブルーを肩から下ろした。
温かいコップに口をつけて辺りの様子を伺う。

周りの者たちはヒソヒソと何か言葉を交し合っているが、
この場所の秘密を解く鍵にはならなかった。
けれどそれを探す為に積極的に動く気も起きないので、
ちびちびと酒の味を確かめていると、客の一人であろう男が話しかけてきた。

「お一人かな?」

真理奈が視線を向けるとその初老の男性は柔らかく微笑んで見せた。
だがその笑みの中には少し興奮している風がある。
薄暗い中でも揚々としているのが分かったから。

「少しご一緒させていただいてよろしいか?」

これが若くて下心が見え見えの男なら断固として拒否するところだが、
そんな様子は見受けられないので了承する。

「ふむ、モンスターをお連れですか」
「友達だよ」
「友達、ですか」

何か悪い? という視線を向ける。
あまり好意的ではない意味を含んでいるように思えたから。

「いえいえ、たまにいらっしゃるんですよ。
 自分の育てたペットを自慢しに来られる方がね」
「ふぅん。ここは?」
「闘技場ですよ」
「闘技場?」

今度はそんなものは知らない、と言いたげな真理奈の目に男はふむ、と一息。

「異国の人でしたか、ならばよくお出でなさいましたな。
 百聞は一見にしかず。ほら、ちょうど始まりますよ」

男のグラスが指し示す先の舞台で照明が点滅し、人ではない生き物が四匹出てきた。
途端に周りがざわめき立つ。
先ほど聞こえた歓声はこれだったのかとようやく理解した。
余興の開始にテンションが上がった者たちの雄叫び。

「今回私はキャタピラーに賭けたんだ」

そう言って手持ちの札を真理奈に見せる男。
賭け事なのかと理解する間に始まりの合図が鳴る。
それに合わせて四匹の見たことのないモンスターが互いを攻撃し始めた。

爪が毛皮を切り裂き、魔法が翼を焼きあげ、体当たりが骨を砕く。
血が飛び散り、力を失いそうになった魔物がそれでも攻撃しようと立ち上がる。
形勢が一転二転するごとに客たちは沸いた。

「どれが勝つかってこと?」
「そこだ! 体当たり!!」

真理奈の問いが聞こえなかったのか、男はキャタピラーを応援する声をあげる。
時間にして数分だろうか、四匹の内、勝ち残ったのは体の大きな虫だった。

「どうだね」

様々な色の声が飛び交う中で、にんまりとして自分の読みが当たった事を真理奈に誇ってみせる。
札をヒラヒラとかざし、得意気な様子だ。

「次はあなたも買ってみないかね?」
「……」
「お金がないならこれを使うといい。どうせ道楽の金だ」

各テーブルを回って配当金と次の対戦カードを配布しているバニーガールから
男が先ほどの試合で儲けたお金を真理奈の前に分けてみせた。
しかし真理奈はやる気になれず、金貨を一瞥しただけだった。
男はそれをもう少し様子を見るのだろうと解釈して自分だけ次の賭けに参加した。
彼女は慎重な人物なのだと、男に真理奈を責める雰囲気はない。
そうこうしている内に次の試合が始まった。

「次は、お化けアリクイ・ポイズントード・キャタピラー・ホイミスライムか。
 実力は前の3匹が同程度で難しいところだが、まぁキャタピラーはないでしょうな」

解説者ぶって真理奈に講釈を垂れる男。
彼の言う通りキャタピラーを選択肢から外した理由はすぐに判明する。
次の試合に出るモンスターたちが再び舞台に現れたが、
そこには前回の試合で勝利したキャタピラーが続けて出場していた。
その体の傷は癒えておらず、所々から血を流し、明らかに動きが鈍いままの参戦だ。
これでは戦う前から負けは見えている。

合図。戦い。歓声。殺し合い。落胆。狂喜。
その中でキャタピラーは罵声を浴びながら、
足を引き抜かれ、目を潰され、背中をえぐられた。
噴き出す血は毒の色に染まっている。
なおも反撃の意思を見せるがアリクイの容赦ない一撃で吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ、かん高い悲鳴をあげる。
それでもキャタピラーは立ち上がり、敵に向かっていった。
客の期待に答えたいからとか、逆に裏切りたいからとかではない。
死にたくはないという生物の本能がキャタピラーを突き動かしていた。
その姿に観客は驚嘆と賛美を込めた拍手を投げかける。

「……モンスターで、遊んでるの?」
「端的に言えばそうでしょう。
 真剣に賭け事を楽しむ者。戦いの空気を楽しむ者。息抜きに訪れる者。
 まぁ色々いますがね」

ワッと場内がどよめき、勝ち残ったモンスターの名前が高らかに告げられた。
しかし真理奈にとってそれはもはや興味のないことだった。
色々なものが、舞台を凄惨に彩っている。

「こんなの……」
「はい? 何でしょう、聞こえな――」
「こんなのおかしいよ!」

語気を強めた真理奈の声が男のにやけ顔を引きつらせた。

「ほら、ブルーが怯えてる」

ブルーの体に真理奈が手を当てると、ブルブルと震えているのが男にも分かった。
ブルーはあの灯りの下に自分も立たされてしまうのではないかという恐怖からか、
あの舞台から少しでも逃げようと真理奈にくっつくようにしている。

「私はこの世界のこと、あんまよく分かんないけどさ。
 モンスターを笑い者にするのはいけないよ……
 私だって殺したことあるけど、遊びにしたことなんて一回もない」

真理奈が道中でしてきた戦いとこの闘技場で行われている戦いとは、
絶対的に違う何かがあると思う。
真理奈はブルーを安心させようとゆっくりと撫でた。
きっとモンスターにも傷みはあるのだ。
その痛みを笑い、軽んじるようなことはあってはならないはずだ。

「そうか、君の目にはそんな風に映るらしいな」

異国の考え方に触れた、という理解で男は真理奈を見る目を変える。
賭けに参加しなかったのは信念の違いからだったのか。

「けどこう考えてみることはできないだろうか。
 我々は長い間モンスターに苦しめられてきた。
 堅固にしてはいるが、街の警備だって完全じゃない。
 時にはモンスターにやられる民もいる。
 国民を守る為に死んでいった兵士たちもいる。
 力のないもののモンスターに対する恨みは、こうでもしないと晴れないさ。
 これは形を変えた一種の復讐でもある」

客たちの笑顔、その裏側には色々な苦しみがあるのだろうか。
今は分かりたくなかった。

「あそこで楽しそうにしている爺さんな、
 彼は息子をモンスターに食われた過去がある。
 こうしてショーを見て失った悲しみを追い払っているのさ。
 この賭場にはもちろん単に興行的な意味もあるがね」

お爺さんは嬉しそうな表情でグラスを取り、誰にでもなく乾杯をした。
顔が少し上を見ていたので、亡くなった息子へと捧げたのものなのかもしれない。
しかし周りが楽しそうにすればする程、真理奈の気持ちは沈んでいった。
その中には、またしても分かり合えないかもしれないという思いがあった。
けれどそれよりも、復讐のための道具にされたモンスターへの悲しみの方が大きい。
先ほどのキャタピラーの命が賭け事のために軽く扱われたようにしか見えなかった。
主催者はただ場を盛り上げるためだけに連戦させたに違いない。
そしてこの男もそれを分かっていて、キャタピラーを予想から外したに違いないのだ。

そんな真理奈の心持ちを察して、ブルーが涙をこぼす。
モンスターがもてあそばれているから悲しいのではなく、
自分も同じような目に遭うのではないかという恐怖でもなく、
今は純粋に真理奈の心が痛んでるのを感じて泣いているのだ。

「でも……こんなことしなくても、乗り越えられるよ……
 人はもっと強いはずだし。
 乗り越えられなくてもさ、きっと痛みは分かち合える。
 だってこれが悲しみじゃなかったら、困るもん……」

涙を人差し指で拭ってやる。
ブルーの心情は真理奈にもよく分かった。
そんなブルーの優しさに真理奈も泣きそうになってしまう。
それでも笑ってブルーを安心させようとした。
もうここから出よう、居続ける意味はない。
そう思って立ち去ろうとしたその時。

「よーし、分かった!」

そんな真理奈たちの様子を見ていた男が何かを決心したようには立ち上がり、
次の試合が始まる前に場内に響き渡るような声をあげた。

「よう仲間たち!
 楽しんでいるところ申し訳ないが、今日の興行はこれでおしまいだ!」
「何だと!?」
「今からがメインなんじゃねーかバカヤロウ!!」

水を差された観衆が次々に罵声を浴びさせるが、男はちっとも怯まなかった。
真理奈も何事なのかと男の顔を凝視する。
この男は今何と言ったのだろうか。

「闘技場はさっきの試合をもって閉鎖することに決まったんだ! 異論は認めん!」
「あの野郎! また来てやがる!!」
「何が認めん、だ! ふざけるな!!」
「こんな時だけ王様面すんじゃねーぞ!!」

口々に何かを言われ、個々が言っていることまでは分からない。
どうやらこの男はかなり顔が利く人物のようで、
なんだかんだ言いつつも男が喋りだすと皆それなりに静まるので、
男の言い分を無視できないという思いが観衆の中から見て取れる。
その存在はこの場所で結構な力を持っているのだろう。

「興が冷めたのは謝ろう! 確かに突然ではあったからな!
 だがその代わり、また新しい楽しみを一緒に見つけようではないか!
 なぁ? 兄弟たち!」
「新しい楽しみってぇ何でよ!」
「なら旦那がまたおごってくれるんすか?」
「あぁ、それはもちろん! お詫びはきちんとさせてもらう! また後日会おう!」

ジョッキを飲み干し、ワハハと豪快に笑いあげたところでその場は収まったようだ。
中には未練がましく札を握りしめたまま残っている者や、
仲間との話を終えていない者が場内に居続けたが、大半は諦めて帰宅の途についた。
本当にこの闘技場を閉鎖してしまうようだ。
この男の嘘のような、たった一言で。

「すまないな、ほったらかしにしてしまった」
「いや、あの、その……この店のオーナーなの?」

自分の発言がきっかけで本当に見世物が中止されるとは考えていなかった真理奈は
少しだけ気まずい思いで聞いていた。
形はどうあれ人の楽しみを奪ってしまったことに対しての気まずさであり、
この男のように真理奈が彼らから奪った分だけ、
彼らに何かを与えるということはできないからだ。
その何かが無ければきっと観客たちは素直に従わなかったに違いない。
新しい何かはこの男の手によって既に確約されているのだ。

「いやいや、実はここだけの話なんだが」

もったいつけて言う。

「私はこの国の王なのだよ」
「何それ」

思わずぷっと吹き出してしまった。
オーナーだろうという真理奈の推理はきっと当たっていて、
男が気を利かせて冗談を言ってくれたのだと思った。
闘技場の閉鎖は王様の権限で決めたことであって、あなたに責任はありませんよ。
そういう筋書きにするための演技なのだ。

「ありがとう」
「礼ならこの食事を与えてくださったルビス様に捧げようじゃないか。
 君の口に合えば良いのだが」

ここまで言われて断ることはできない。
真理奈も腹が空いていたことには違いないので、手をつけ始める。

「君のご友人にも何か持ってこさせよう。
 なに、ここで儲けた金も今日限りの幻だからね」

男はバニーガールを呼び、何か軽い食事を頼んだ。
夜も遅いので本当に少しだったが、夕飯もろくに食べなかったのでありがたかった。
二人と一匹はこれからこの闘技場をどう改装していけばいいかを話の肴にする。
真理奈は高校の文化祭の話をして男を楽しませた。
演劇、演奏会、スポーツを基にしたゲーム、お化け屋敷、料理教室、
フリーマーケットや展示会など、楽しかった思い出を楽しそうに語った。
男が楽しそうに聞いてくれたのも、真理奈にとって心地よかった。
ついつい時間を忘れて話し込んでしまう。

「そんな国がこの世界にあるとはな、一度訪れてみたいものだ」
「私も早く帰りたいよ。でもまだ無理なんだ。いつ帰れるかも分かんないし」

日本のことを話していたらどうしようもなく郷愁の念にかられてしまった。
明日からはどうすればいいのだろうか。
今は検討もつかない。

「この国には、出稼ぎで?」
「うーん、ちょっとね。王様に会いに来たんだけど、会えなくてさ」
「ほう、何用ですか? 私でよろしければいつでもお聞きいたしますが」
「ありがとう。でも今日はもう帰るね。遅くなっちゃった」

男が協力してくれるような言葉をかけてはくれるが、
半分はさっきの冗談を受けているのだろう。
それにもう普通の人は熟睡しているような時間帯になってしまった。
このままベッドに潜り込めば寝られるだろうという感覚もある。
ブルーの目もだんだんまどろんできている。

「お送りいたしますよ」

別に良いと断ったが、男は礼儀だからと聞かなかった。
そして真理奈はきちんと宿まで見送られて男と別れた。
気晴らしになる良い散歩だったと思う。
その夜はもう急に目が覚めることはなかった。


――♪――♪――♪――


翌日。
真理奈と後輩ちゃんは多少慌しく、出かける準備をしていた。
宿の外に城からの迎えが来ているという。
朝の弱い真理奈は容赦なく叩き起こされ、急いで着替えさせられた。
今日は普通に学校の制服を着た。
玄関を出ると、毛並みの美しい白馬を引き連れた兵が数人待機していた。
身に付けた物が門兵とは違っていて、位の高さを示している。
その中の一人が恭しく礼をし、城までのエスコートをする旨を2人に告げた。

三度目のメインストリートは昨日とはまた違う雰囲気を持っていた。
人が多いことには変わりがないが、人々は皆道路脇に立ち尽くしているだけだ。
今日は王子に会う順番を待つ列はなく、
お見合いに便乗して商売をしていた店も今は閑古鳥が鳴いている。
彼らの興味はただ真理奈のみに集中しており、ある種の一体感をその場に生み出していた。
彼らにはそれが城に向かう行進だと分かっているようで、
互いに会話を交わしながらも、視線は常に一点に固定されている。

「後輩ちゃん……」
「いや、俺は知らん。お前が何かしたんじゃねーのか?」
「分かんない。昨日のが問題になったのかな」
「ありうるな」
「えー、どうしよ」
「どうしようって、最悪レキウス王に頼るしかないな……」

行列に並んでいた時と同じような状況だが、
あの時は自分たちだけに視線が集まることはなかった。
しかし今回ばかりは他に焦点が存在しないために、とても気恥ずかしく思える。
この時、人々は確実の真理奈のことだけを話題にしているのが分かった。
しかし肝心の本人は、なぜいきなりお城から迎えが来るのか分かっていなかった。
前を行く礼儀正しそうな兵に聞いても、答えは分からずじまいだった。
ただそのように命ぜられましたので、としか答えてはくれなかった。
そうこうしている内に美しきロマリア城は目の前に迫っていた。

昨日までとは違い、表面上はまったく穏やかな入城になりそうだった。
ここ三日間同じように立っている門兵が真理奈に気付いたようで顔を向けてくる。
真理奈はおはようと声をかけたが、門兵はジッと見つめてくるだけだった。

彼の心の中は疑問でいっぱいだったのだ。
たった二日でこんなにも待遇を良くされるなんて、いったいこいつらは何者なんだろうか。
もしかしたらこの女が王子に気に入られたのだろうか。
それが本当なら下手な対応はできないな、と。

彼と同じように考え、けれど確信を持てないままに噂しあう。
そんなある種不穏な空気が街中に渦巻いているのだ。
真理奈もさすがに少しだけ歩き辛そうにしている。

「凄い見られてるね」
「お前が可愛いからじゃねーか?」
「あ、やっぱり? 困ったなぁ」

後輩ちゃんの言葉を本気で取ったかのように演じる。
もちろん心の中ではそうは思っていない。
とにかくノリだけは良くしておきたい、というのが真理奈の生き方なのだ。
だからあの勝手に因縁をつけてきた女性が群集の中から飛び出してきたのを見ると、
少し得意気にした顔を作ってみせてしまう。
彼女の顔には敗者の色があったからで、そうすればまた睨みつけられると思ったのだ。
変わった自分の姿も見せ付けたかった。

だが真理奈の意に反し、女性は口をつぐんでとても悲しい表情をした。
あの勝気な態度からは結びつかないその仕草にすぐさま真理奈は疑問を持つ。
その表情が持つ意味を知りたかった。
だがそれを問いただすことはできなかった。
立ち止まろうとしたのを後輩ちゃんが引っ張ってはぐれないようにしたからだ。
後ろ髪を引かれつつ、真理奈は城の中へと入っていった。

その様子を見届けた女性は、両手で顔を覆った。
今、彼女の絶対的な自信は見事に崩れ去ったのだ。
その基となるのは、彼女が持つ、幼少期に王子と仲が良かったという記憶だった。

数年前に亡くなった父親が城勤めだったことで、
彼女も王子の遊び相手を何度となく務めたことがあった。
その父親が病気を患ってからは城へ行くこともなくなってしまったが、
彼女は王子のことを大変気に入っていた。
彼も自分のことを気に入ってくれていたと思う。

会えなくなったことで彼女は王子に対する思いをどんどんと募らせていった。
何年も蓄えたそれをようやく一昨日王子に告げることができたのだ。
彼も彼女のことを覚えており、その思いを受け止めてくれたと思っていた。

だが今城へと呼ばれたのは、自分ではない。
しかもそれは自分が馬鹿にしたあの女だったというのがさらに彼女の心を砕いた。
どうして自分は選ばれなかったのか。
どうして王子はアイツを選んだのか。
何が自分には足りなくて、何をアイツは持っていたのか。
分からない、分からない、分からない。
だから彼女はただ自分のために涙を流した。
涙とともに何かが失われていくのを感じながら。

ロマリア城の中でも特別な時しか使われない部屋に通された真理奈たち。
以前見た一番高い塔に今いるようで、備え付けられた窓からは霞む山脈が覗ける。
分厚い本を並べた棚や、年代物の剣と盾、不気味な装飾品、
何を表現したいのか分からない絵画、打楽器を思わせる木の棒きれ。
部屋の中は明らかに個人の趣味らしき物が飾られており、応接間という感じはしないが、
それらは何やら奇妙な力を持っていて、
来訪者に言葉ではないもので語りかけてくる。
ソファに腰掛け、珍しそうにそれらを眺めていた。

「あ……」

真理奈はその中から壁にかけられた地図を見つけた。
そこに描き込まれているのは、見覚えのある図形。
中心にイタリア、そこから少し北西にいけばイギリス。
南にはアフリカ大陸が、南東にはオーストラリア、西方にはアメリカ大陸。
細部こそ違うものの、それは真理奈の思い描く世界地図に酷似していた。

「後輩ちゃん、日本だよ」

確かめるように小さくつぶやく。
東方にポツリと浮かんでいるのは日本列島に違いない。
この世界は日本の外にあったのだろうか。
ソファを立って地図に近づき、日本を指でなぞった。

名前を呼ばれた後輩ちゃんには真理奈の感傷が分からない。
座ってじっとしていろ、とさえ思う。
だが真理奈がそうすることは無理というものだ。
その指先には真理奈の世界があるのだから。

「いやお待たせしました。わざわざご足労でしたな」

その時部屋の扉が開き、入ってきたのは初老の男性。
無駄なところのほとんどない体型だが、そこに年齢を隠せるほどの若さはない。
白みがかってきた金髪も首筋のシワも頬のこけ具合も、半世紀の歴史を物語っている。
だが気力はまだ十分にあるようで、目にはまだ衰えぬ力があった。
立派なマントと王冠をかぶっている辺りから察するに結構な身分の人なのだろう。
彼の後ろからは少しむくれた表情をしたフィリー王子の姿が見えた。

「私はロマリア国王――」
「ねぇ、これって日本?」

男が部屋の主だと感じた真理奈は挨拶も交わさぬ内に相手の言葉を遮る。
また失礼を働いたことで後輩ちゃんは息を呑むが、男はそれをとがめることはしなかった。

「そこはジパングと呼ばれる国のようです。
 昔は黄金の眠る島だなどと噂されましたが、最近ようやく誤解が解け始めましたね。
 今は観光業が伸びているようですが、世界情勢がまた難しい時期に差し掛かりましたから……」

そんなことを話しながら、まぁまずはお座り下さい、
と少し意気込んでいるような真理奈をソファへと促す。
真理奈は自分の考えに没頭しつつ、声に従った。

(ジパ……ング? 日本じゃないの?)
「しかしジパングについては我々も決して他人事ではありません。
 ロマリアもモンスターの脅威に晒され始めていますから。
 アリアハン王からの手紙、拝見させていただきました。
 あなた方が届けてくださったのですね。
 その件で先日は息子が申し訳ないことをしたようで、お詫びを申し上げたいと思います」

どうやら男は昨日の顛末を知っていて、フィリーの非を認めたようだ。
もっともフィリーの方はそれを不服に思っているようで、
お詫びの品を差し出しつつもその顔は反省していないようだった。

「そっか、でもよく泊まってるとこ分かったね」

その質問が飛んでくる事は予想していたのだろう。
ロマリア王はニッコリと笑って言った。

「いやいや、実はここだけの話なんだが」

もったいつけて言う。

「私はこの国の王なのだよ」
「あっ!!」

闘技場で交わした会話を思い出し、あのオーナーは本当に王様だったのだと気付く。
あの時は会場も暗く騒がしかったし、また服装も違っていた。
しかし闘技場を閉鎖すると宣言したあの男のたたずまいは、確かに目の前の人と同じだった。
王は片目をつぶってみせて、少し得意気にする。
フィリーと後輩ちゃんには分からない二人だけの秘密の話。
彼がなぜあんなところにいたのかは分からないが、真理奈は王のことを特別に感じた。

「改めて自己紹介致しましょう。ロマリア国王ストゥルーストです」
「あそっか、名前言ってなかったね。能登真理奈です」

後輩ちゃんを違和感が包む。

(です、だって?)

真理奈がですます調で話すのを聞いたのは初めてだ。
自分はもちろん、先輩やレキウス王にすら使ったことがないのに。
たった一回限りの口調だったが、それ故に気になるところではある。
だが今はそれを言及する場ではない。
続いて後輩ちゃんも真理奈の付き添いで来たことを告げ、
話は本格的に連合について語り合うこととなった。

「レキウス王からの書状を拝見しましたが、
 連合とは非常に良いことをお考えなされましたな。
 もちろん我がロマリアも力添えさせていただきたい所存です」

あっさりと連合参加を表明してくれたことで、真理奈と後輩ちゃんは顔を見合わせほっとする。

「ホント? 良かった〜もうダメかと思ったからさぁ」
「アッサラームにバハラタが滅ぼされた以上、ロマリアとて安全ではないでしょう。
 これから防衛力を強化していこうと思っていたのですが、
 他国と協力して互いに補っていくという発想が良いですね。
 ぜひともこの話は進めていただきたいです。
 数日の内にはこちらからも使者を送ることができるでしょう」

連合の目的として情報交換、人材の派遣・発掘、
武具作製技術の交流、魔法知識の共有などが挙げられるが、
最終的には魔王討伐隊の結成を見すえている。
しかし国としてそれらを成す余裕を持つにはまず基礎的な防衛力が整っていることが重要となる。
その第一条件を満たしているかを今一度確認しあい、
穴があるような場合それを相互で補おう、というのが最優先事項とされている。

そういった点を含めて、多分に好意的にロマリア王は連合結成のことを捉えているようだ。
アリアハンを出発してから今日で五日目。
予定していた一週間での帰還もぎりぎり何とかなりそうだ。
この後の、肝心な詳しい話は真理奈たちではできないので、
とりあえずこれで真理奈の仕事は一段落ついたと言えるだろう。
ここで会見は終了する雰囲気になるが、王がそれを遮った。

「真理奈さん、今日お呼び立てしたのは連合のこともあったのですが、
 一つお願いしたいこともありまして」

真理奈とストゥルーストの奇妙な繋がりができたとは言え、
さすがに無条件で応じてくれるほどロマリア王は甘くはないのかもしれない。
そう言えばブルーオーブをお礼に差し出すように言われていたが、
何かロマリアの利益になるようなことを要求されるのだろうか。
後輩ちゃんはそんなことを考えてたが、ロマリア王はそれとはまた別なことを口にした。

「実はこのフィリーもようやく16になり、そろそろ良き相手をと思ったのですが、
 どうしてもお見合いをしたいと聞きません。
 それで大々的に行ったのですが……
 だが誰に対しても文句を言い続けるばかりで一向に相手が見つからん」

一瞬口調が素に戻り、もううんざりだとばかりに顔をしかませる王様。

「そこであなたにお願いなのですが、
 実は海の向こうにある砂漠の国イシス、その姫君との婚姻話を用意してあります。
 ぜひフィリーに同行してイシスの地へ赴いていただけませんでしょうか」

突然の宣言だったのだろうか、ずっと大人しくしていた王子が驚愕の顔に変わる。
それを横目にストゥルーストは続けた。

「息子のことで迷惑をかけておきながら、そのことでなおも頼みごとをする無礼をお許し下さい。
 もちろんあなた方のご都合もあるでしょう。
 これは直接連合のことは関係もありませんし、断っていただければ当然結構です。
 そのことで連合の参加を見送るなどということはありませんから」
「なぜ……なぜです?!」

たまらなくなったのか、王に迫る発言するフィリー。
そこでようやくロマリア王は王子に向き直り、決定事項を告げた。

「フィリー、お前にはこの連合の件を任せようと思っている。
 帰って来たらロマリア代表として事を進めるように」
「そんな! 僕は聞いていませんし、了承しませんよ! 愛だって見つけていないのに――」
「それはイシスで見つかる。いや、見つけ出して来い」

それ以上の言葉を継ぐな、と目で諭す。
本来ならば結婚も待たずに連合の任務に就いてもらいたいくらいだが、
結婚を機にもう少し王子としての自覚が芽生えるかもしれない、
ということは前々から考えていたことだ。
今まで息子を放任し続けてきたツケをそろそろ払わなくてはならない。
その為に今はしっかりと親を演じなくては。
だが息子はそんな父親の真意が分からず、別人を見るような目で見ていた。

「ん〜、後輩ちゃんどうしたらいい?」

2人のやりとりを傍観しながら、真理奈が小声で助言を求めてきた。
素直に王の言うことを信じるなら、断ってもいいのだろう。
真理奈が王子に付き添う理由もないし、
真理奈には次の仕事が待っている。

アリアハンを出発した日から数えて一週間後、
つまり明後日には確実にアリアハンに戻っていなくてはならないが、
イシスに行ってしまえば、使節団の旅には間に合わない。

ただ連合のことを考えるならば、王に協力して悪いことはない。
むしろこれでロマリアとアリアハンの関係がさらに強くなるならば、やらない手はないだろう。
だが一番肝心で問題なことに、彼女がフィリーに良い思いを抱いていないだろうことが挙げられる。
真理奈が王子のために動くとは思えなかった。

「お前は、真理奈はどうしたい?」

しかし真理奈には借りがあった。
昨夜の出来事について王は気にしなくてもいいと言った。
それでも何かお返しができるならば、したいと思う。
フィリーのためにではなくストゥルーストのため。
そう考えれば、ロマリア王に協力するのは悪くない。
それに世界を旅することになれば、次はいつロマリアに来れるか分からない。
世界を巡る旅が何泊で終わるか、などという計画は経てることができないからだ。
もしかしてもしかしたら、もう訪ねることもないかもしれない。
そうなるくらいなら、今頼みごとを聞いておいた方がいいだろう。
それに他の方法ですぐに借りを返すアイディアが浮かばない。

「いいよ、帰ったら用事あったけど、あとから合流でもいいと思うし」
「そうですか、では勝手なお願いですがよろしくお願いします。
 また宿にお泊りになられますか? こちらで部屋を用意させますが」

その申し出は断り、あの宿に泊まると真理奈が言ったところで会見は終了した。
自分の部屋の窓から真理奈たちが城を出て行くのを王はずっと眺めていた。

彼女は引き受けてくれたが、フィリーとはもう一度話をしなければならないだろう。
あれは自分の考える通りにしか考えられない子だ。
興味が沸けば進んで取り掛かるものの、それ以外には全く手をつけない。
王子としての立場は気に入っているらしいが、国事に参加する気はないらしい。
今はまだ自分も元気であるからいいが、後々にそれでは困る。

だから真理奈に頼みごとをした。
真理奈と関わることでフィリーの意識が良い方向に変わってくれるのではないか。
そういう期待である。
結局親としての義務を放棄しているのかもしれないが、
フィリーに付きっ切りで教育する時間はない。
まだまだ遊び足りないという心もある。

しかし一方で、彼に生まれるもう一つの思いがあった。
ストゥルーストは知りたかった。
あの時、自分の気持ちを動かされたその原因を。
あの少女の一言で権力を行使し、ロマリア名物となった興行を潰してしまう、
などということは本来あってはならないことだ。
それでも後悔していない自分がいる理由を知りたかった。
つまりは真理奈のことを知りたかったのだ。

「Mens agitat molem.
 物に成り下がりたくはないがな」

空に流れる雲も誰かの意思によって動かされているのだろうか。
もしや運命でさえも、と思考が飛躍する。
その夢想は恐ろしかったが、希望でもあった。
もし人の意志で運命を動かせるのなら、それはきっと素敵なことだ。

白と青で何かを描こうと、空に手を伸ばしてみた。