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4の人◆gYINaOL2aEの物語

エレジー[1]
ソフィアが死んだ。
たった、それだけ。たったそれだけの事で、どうしてこんなにも俺は虚ろなんだろう。
全身の感覚がソフィアの後を追ってしまい、視覚も聴覚も正常に動作していない。
歪む視界、遠い音。自分が今何処に居るのかも解らない。
ただそれでも、どうやら眼の前にはベッドがあって、そこにソフィアが横になっているらしい、という事だけは解る。解っている気がする。だから動かない。此処から。

次に気がついたのは、隣で擬似蘇生(ザオラル)を唱えるミネアの姿だった。
彼女がいつ入ってきたのか。解らない。扉が開く音がしたとしても聞こえなければ意味も無い。
視界にいつ入ってきたのか。覚えていない。気付いたら、もう呪文を唱えていた。
小さく息を吐く。結果は…同じ。

ミネアとクリフトが何度呪文を唱えても、ソフィアは蘇らなかった。
どうして。いや、疑問を挟む余地など無い。死者は、蘇らない。
そんなものは当たり前の事だ。そう、当たり前の…。

何処かで感覚が麻痺していたのだろうか。
そうなのかもしれない。仲間達は皆強かったから、死ぬなんて事を考えられなかった。
いや…。
考えようとしてこなかったのか。

喪って、初めて気付いてしまった。
俺は、ソフィアが好きだった。大好きだった。どうしようもなく――。
どうして、どうして気付いてしまったんだ。気付きさえしなければ、こんなにならずに済んだのに。
失くしてから気付くなんて…遅すぎるじゃないか…。

ずっと続くような気がしていた。
だから、きちんと考えてこなかった。自分の心を。
その挙句が、これか――。

白く透き通る、綺麗な少女の顔にそっと手を当てる。
その冷たさに、言いようの無い悲しみを感じ。
いつかの誓いは破られる。
ぽろりと、一粒、二粒。涙が零れていった。




ライアンが深いため息をつく。

「困りましたな…」

「ええ、そうですね…」

相槌を打つのはトルネコだ。
宿屋の食卓には今は二人しかいない。
つい、思い返してしまう。
10人が円卓を囲み、賑やかに行われた食事を。
明るく、楽しく、時に喧騒にもなったけれど。あれは、楽しかったのだ。

だというのに。
アリーナが、マーニャが傷つき、そしてソフィアが斃れ――。

「もう…あの頃のような時間は過ごせないのでしょうか」

「そんな事は…だが、皆が立ち直らない事には…」

そこで二人は嘆息する。
何も考えていない訳では無い。彼女たちは、恐らく再び立ち上がる。
だが…。

「ネネを喪ったら、私は…考えたくもないですよ…」

悲しげなトルネコの言葉に、ライアンもまた、瞑目した。




木に拳を打ちつける音。
アリーナ。彼女の、慟哭の音。

「私は…私は何もできず…あの男が!デスピサロがいたのに!あんな…」

ドン。
男の胸に拳を打ちつける音。
ソロ。彼は、彼女の慟哭を受け止める。

「あんなに力の差があるなんて…私じゃ…」

「…諦めるのか?」

「……」

「俺は諦めない。ヤツは間違っている。
生あるものはいずれ滅びる。それを恐れて、人の全てを殺すなら…人も魔も、動物も、虫も、自然すらも破壊しなければならない。
大切な人を奪うのは、何も人間だけじゃないのだから…ヤツは、臆病なだけだ」

「……」

「アリーナ。君は、あんな男に負けるのか?負けたままで…良いのか」

「良いわけがないわ!許さない…ソフィアを殺したあいつを、許せるもんか!」

ぐっと、拳を強く握る。
だが、すぐにはっとしたような表情で、アリーナはソロを見上げた。そうして、自分の口を抑える。

「…ごめんなさい」

「いや、構わない」

「ソロは…私、バカな事を訊いてしまうけど…悲しく、ないの…?」

思わず、そう問いかけてしまっていた。
バカな事だ。バカな事。しかし、つい、とはいえそう訊ねてしまう程に――ソロは、静かに立っていたから。

「…俺は、二度目だから。前よりは、慣れたんだと思う」

視線を外して、夜空を見上げる。
彼女は――自分の目の前で、妹の姿のまま息絶えて逝った彼女は、今の俺を見て…どう、思うのだろう。
立派だと言ってくれるだろうか。それとも――。

「悲しかったら…泣いても、良いと思う」

視線を戻す。
眼の前の少女は小柄だから、見下ろしがちになりがちだ。
対して、少女の方は男を上目遣いに見上げる。
その、強い意志の宿った瞳で。既にそこに、慟哭の色は無い。

「アリーナ…。ありがとう。だけど、俺は大丈夫だから。泣くとしても…それは、全てが終ってからにしたい。
そう、約束したからな…」

「…解った。その時は今度は私が胸を貸してあげるわね」

どん、と拳で自分の胸を叩いてみせる。
ソロは微苦笑を浮かべながらそれにも頷いた。




老眼鏡をかけた老人が、一心不乱に書物を漁っている。
蝋燭の小さな光源のみに頼っているせいか、時折こめかみの辺りを抑え疲れをほぐしていた。
ゆらりと小さく焔が揺れる。気配を感じ、老人が顔をあげる。

「なんじゃ、お主か」

「なんじゃとはご挨拶ね、お爺ちゃん」

「ふん。察しはついておったしな。
お主は…思ったより大丈夫そうじゃな」

「あったりまえじゃない。あの子達みたいに若くないもの」

小さく気炎を吐く女に、動かす手を休めずに老人はそうかと小さく呟いた。
この女とも長い付き合いだ。彼女が、人一倍責任を感じているであろう事はすぐに解った。
あの場で最年長の自分が妹分、弟分を護れなかった。
誰より自分を責め――それを億尾にも出さない。悟らせない。それが彼女の矜持。
ならば、それを尊重しようと、この人生の先達はそう思う。

訪ねてきたのは彼女だ。だから、彼女が喋るのを待つ。


「…あいつ。最上級の呪文を使ってきたわ」

「……なるほど、それで訊きにきたのか。
が、残念じゃがわしは氷結系の最上級、それも知識としてしか知らぬよ」

「それでも良いわ」

「…?お主では扱えまい。今更、氷結の基礎から修練するのも――まあ、お主なら可能やもしれんが…」

「勘違いしないで。…ヒントさえ掴めれば、後は私が何とかしてみせる。
それに、年寄りの冷や水はお爺ちゃんの十八番でしょ?それを奪うようなマネはしないわよ」

「ふ…凄い自信じゃな。じゃが…嫌いでは無いな。若者の、そういう所は」

負けていられないな。そう思う。
その、彼女なりの発破に苦笑し、己の知識を今一度、実践へ移す時が来た事を知る。

「良かろう。じゃがその前に、少し手伝ってくれ」

「…何を?」

「探しものじゃよ」




何もかもが遠い世界の出来事のようだった。
傷つき斃れたアリーナも、マーニャも、それぞれが再び立ち上がり、歩いていこうとしている中で。
彼女を喪った俺は独り、深い闇の中に居た。

今日もまた、ミネアが部屋を訪れ、呪文を唱えている。
そうして、いつものように効果は現れず、ソフィアが目覚める事は無い。
いつもなら、小さくため息を吐いた後、小さな声で失礼しますと残し部屋を後にするのだが、今日は少し違っていた。

「…そろそろ、進みませんか?」

そう、聞こえた。
だが、俺にはその言葉の意味が解らない。
勇者である、ソフィアが死んだ今、何処に進めと言う。

「勇者の光は、ソロさんの中にも宿っています。
デスピサロを斃さねば、人は皆…」

バカな。ソロに、ソフィアの代わりをしろと?

「違います!そういう事では…」

「そういう事じゃないか!お為ごかしは止せよ!
ソフィアが…ソフィアが死んで…ソフィアがいないのに、見知らぬ他人を救ってなんになる!?
他の誰が死んだって構うもんか!ソフィアが生きてれば良かったんだ!!」

「――それじゃ、デスピサロと同じじゃない!」

バン、と扉が開け放たれる。
そこにはアリーナ、そしてソロの姿。

「自分たちさえ良ければ良い、本当にそれで良いの!?」

「違う!だけど…自分たちが無いのに、他人だけがある、自分にはその良さが無いのに、他人のそれを守る為に戦う、そんなの…辛いじゃないか…」

「そうしている人がいるの。――ソフィアがいなくなって悲しいのは貴方だけじゃないんだから!」

そうなのだとしても。そうなのだとしても――立ち上がれないんだ。
これからどうしたら良いのか、もう…今迄立っていた場所が崩れてしまったら、そこにはもう立っていられない、空中に立つ事なんて出来はしない…。
右も左も解らない中で、最初からずっと一緒に居てくれた――彼女の上に俺は立っていた、彼女が居たから立っていられた。

俺にはデスピサロの気持ちが解る。
この世界に来る前の俺にはきっと解らなかった。だって、こんなにも。他人を好きになった事なんて、無かったから。
彼女さえ、居てくれれば。
そう思える存在がもし大勢の人間に追われていたら?
説得する。説得…バカな。それで解決する訳も無い。その努力をしたとしても、やがて諦め。
そして、隠すだろう。
愛する者の行き着く先は籠の鳥。窓から見える外には決して、踏み出せない。
籠の外は、鳥を狙う害虫が多過ぎるから。
自由を与えたい。だがそれは余りに、彼女にも己にとってもリスクが大き過ぎる。あまりにも。
寂しそうに外界を見る愛しい人。何故だ。どうして彼女がこんな目に合わねばならぬ。
自分を虐げる者の死すら哀しむ、聖なる存在が――な、ぜ、だ。

悪いのは彼女か?

――――――否。

悪いのは――――――。ダレダ。

…突然、くしゃくしゃと、髪の毛をかき回された。
深い心の奥底に沈み、嵌りそうになっていた俺を引き上げる。
その何処か乱暴で、だがいつもより優しげな手は、マーニャのものだ。

「ミネア、まだ希望はあるんでしょう?」

「姉さん…希望、などと言えるのか解らないけど、私にはまだ、ソフィアさんの中に光が見えるわ。
とても弱々しくなってしまったけれど…だからこそ、私も擬似蘇生を続けてる訳だし…」

「よし、じゃあこれを使って取りに行きましょう」

どすんと大きな音と共に、テーブルの上に置かれるのは大きな壷だった。
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