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4の人◆gYINaOL2aEの物語

デスパレス[1]
気が重い。
ノッている時と、そうでない時の差が激しいのは俺の悪い所だろうか。
きっと、気が重いのではなく、唯、単純に背負っている荷物が重いのだ。
そう、思いたい。

リバーサイドと言う名の川沿いの村を越えて、俺たちは険しい道のりを越え大陸の奥地を目指す。
ソロの話では、この先には大きな湖が待ち構え、来る者を拒んでいるようなのだが、
誰が作ったのかは解らない、知られざる道が存在するという。
現場に辿り着いてみれば成る程、確かに湖は威容を放って一行を先に進ませまいとしていた。
そして、少し歩いた所に雄々しく聳え立つ、魔神の像。

えっちらおっちらと像の内部を登る。
…テンションが高ければ、マジーンゴー!くらいやるべきなのだろうが…。
とは言っても、スクランダーも飛んでこないし…。
旅も大詰めともなれば自ずと皆の緊張感も増してくるし、余り空気の読めない事はしたくない。
…まあ、こういう時だからこそ、というのもあるかもしれないが…。

ピサロに出会って…どうするのだろうか…。
アリーナ達はサントハイムの人々について訊ねるだろう。
その辺りの展開にも左右されるのだろうが…。
最後には、戦いになるだろうか…。

勝てる、のか?
まずそこが解らないのだが、仮に勝ったとしても、その後はどうする?
殺すのか?だけど、ロザリーは…彼女は、ああは言っていたけれど…。

…戦いが終った時、ソフィアはどうするのか。
ソフィアは優しい子だから、俺がどうしても天空の神に会いたいと言えば付き合ってくれるかもしれない。
そして…復讐を終えたソフィアと、今迄のものより多少緩い旅の後に…。
俺は、元の世界に戻れるのだろうか。
…そうだ、やはりまだ戻れるかどうかも解らないんだ。
それに比べて――ソフィアには、ソロがいる。
今の少女は、天涯孤独の身では、無い。
俺が元の世界に戻れたとしても、仲間達も居れば兄も居る。
ソフィアは、大丈夫だろう。

となると、はやり俺は自分の心配をするべきだ。
戻れた時は、良い。だが戻れなかった時はどうする?
…また、此処でもソフィアに甘えるのだろうか。
ソフィアには、ソロがいる。俺は必ずしも必要な存在じゃない。
では、俺を必要としてくれる人間はいるのか?
…ライアンには、バトランドという故郷がある。
アリーナにはクリフトが、ブライがいる。逆もまた然りだ。
トルネコには妻と子供。
ミネアとマーニャは、お互いに必要とし合っている…。

……何処に、行けば良いんだろう。
ソフィアを筆頭に、仲間達は俺が頼めば受け入れてくれるかもしれない。
甘えてしまって、良いのだろうか?
一人で…この世界で生き、老いて、死ぬという選択肢を否応無く選ばざるを得なくなる可能性…。

考えてみれば俺自身こそ、なんとも救いようの無い状態にある訳で…。
それを認識したくないから、現実から逃げて、バカなマネばかりしてきたけれど…。
此処に来て…これから先、昔のように笑える事はあると思えない…。

…審判の時は、確実に近づいている。




ソロが仕掛けを操作すると、巨大な建造物とすら言える魔神の像がゆっくりと動き出した。
こんなでかいのが二足歩行できるのだから、姿勢制御に苦労するロボット博士たちの立場が無い。
魔法の存在する世界でそんな事を言ってもしょうがないのだが。
俺は、普段通りにその出来事に驚いて見せた。
まるっきりの演技という訳でも無いから、それほどわざとらしくなったとは思わない。
ただ、はしゃぐようなメンタルじゃなかった所で、はしゃいで見せただけ…。
ともすれば無理をしているとも取られるのだろうが、
これから魔物達の城に赴こうというのだから、むしろこの位の方が不自然ではないのだ。

ああ…そうだよ、魔物の城に行くんだよ。
大丈夫なのかよ本当に…クソ…なんだか、ダメだ。苛々する…。

表に出すな。完璧に隠蔽しろ。漏らすな。決して。
不安…焦燥…他人のそれは、煩わしいだろう。
だから、自分のそれも他人に見せてはいけない。
ソフィアにも…聞いてくれると言ってくれた、ミネアにも、だ。

そうして、俺達は辿り着いた。
魔の居城。デスパレスへと。



日の光の下で見た城は、まるで幽鬼のような雰囲気を醸し出していた。
ひっそりと、霧の中に佇むあの城は、はたして魔物が造ったのか、それとも人のいなくなった廃城の成れの果てなのだろうか。
俺達は相談の末、夜を待って変化の杖を使い中に侵入、情報収集に努めるという方向性で一致した。
そもそも10人で城を攻め落とすとかは流石に頭の悪い話で、それなら最初から変化の杖を取りに行ったりもしない。
敵を知り、己を知れば百戦危うからずというヤツか。
魔物達の時間ともされる夜に実行するのはリスクも高くなるのだが、
なんとか敵の本丸であるデスピサロとの距離を、詰められるだけ詰めたいというのが皆の共通する気持ちだった。

森の中でそれぞれ自由に時間を過ごす中、
俺は皆から少し離れて彼らを観察していた。

しかし…こうして見ると…。仲間達の間にも、やはりそれぞれの関係というものがあるように見える。
ライアン、トルネコ、ブライの中年&老人は、普段通りというか、出会った頃からあまり変わった様子は見られない。
クリフトが、アリーナに少なからず好意を寄せているのは比較的早くに気付いていた。
アリーナの方は…あれがアリーナじゃなければ、気づいて無いフリをしてるのかもしれないと思う位、露骨に気付いていなかった。
あの娘には色恋とか在り得ないだろうな。
だがそのアリーナは、いや、だがというよりかは、だから、だろうか?
ソロと仲が良かった。
対デスピサロという面でお互い親近感もあっただろうし、ソロは実力者であった為、普段の鍛錬を共にする事も多かった。
そういえば、アリーナは強い男が好きだと聞いた事がある。
とはいえ、実際にいたら悔しくなってしまうだろうけど、とも言っていたとか。
今もソロとアリーナは何か話をしており、時折朗らかな笑い声が聞こえてくる。
そして、ソロの傍近くで、ソフィアが大地に横たわり、すやすやと寝息を立てていた。

…俺は、ソロに嫉妬しているのだろうか。
それは無いとは、言い切れない。
ソフィアとの距離が離れたのが寂しいと、全く思っていないと言えばそれは嘘になる。
だけど…結局、そういったのはこの世界に来る前から、いつもの事で…。
既に諦観の域に達していると思っていたのにな。

俺は何とはなしにクリフトの姿を探した。
浅ましい話だが、もし、この気持ちを多少なりとも共有する事ができるとしたら、それはあの神官だけだろうと思ったからだ。
彼はミネアと共に居た。
なにやら真剣な表情で話し合っている。内容を漏れ聞くに、どうやらこれからの打ち合わせをしているようだった。
二人は似た役割を任せられる事が多かったが、それでも扱える魔術や身体能力に個人差があった為、
状況によってはどちらかが有利になり、どちらかが不利になるケースも存在する。
故に、二人の連携は欠かせない。彼等は仲間たちの命を、その身に背負っているからだ。

…一瞬でも、俺の抱いている汚い気持ちを共有できるかもしれないと考えた自分が嫌になる。
やり切れない気分でその場を離れる事にした。
海でも見れば落ち着くだろうか…流石に身投げをしたくなりはしまい。
やがて砂浜に辿り着いた俺は、座り込む一つの人影を見つけた。
こんな所に、俺達以外の人が居る筈も無い。
それは、あの場にいなかったマーニャだろう。
…少し迷った末に、引き返そうと思う。
今の俺の精神状態で、いつものように弄られてしまうと、喧嘩になってしまうかもしれない。
音を立てないように注意して、背を向ける。

「――おーい。そこで帰っちゃうわけ?これは本当に嫌われちゃったかな?」

…どうやら、気付かれていたらしい。
明らかにそんな風に思っていない声音での台詞だから何となく腹が立つ。
これで俺はこの場を去れなくなってしまった。
むすっとしたまま、ざくざくとマーニャの傍にまで歩む。
俺の表情を下から見上げ、彼女はくっくっくと低く笑った。

「律儀だね。別に良いのに。あたしゃ若い子達と違うから傷ついたりしないのよ」

はすっぱな言い回しでそんな事を言う。
確かにこの女は、ソフィアやアリーナより確実に大人だし、ミネアと比べてもまた、少し違った意味での成熟さを感じる。

だからと言って、ぞんざいにしても良いと言われても、そんな事出来る訳も無いのだが。

「…………」

それから暫くの間、俺たちの間に言葉は交わされなかった。
何か喋った方が良いのかとも思ったが、何も思いつかないし、呼び止めたのはマーニャなのだから何かあるとするなら向こうの筈だから。
だが、マーニャは一向に何も語ろうとはしない。
痺れを切らした俺は、冗談めかして問いを発した。

「…マスターは、ソロ争奪戦には加わらんのかよ?いっつも言ってたじゃないか。佳い男がいないのが不満だって」

「ん〜?…ん〜…」

俺はこの時どんな言葉が返ってくるのを期待したのだろう。
恐らくは…佳い男とは言えないわ、私の判定は厳しいのよ…とか、そういった否定的なもの、だろうか…。
だが、マーニャはそれを見透かしているかのように言った。

「そうねえ。性格も良いし何より顔が良いし」

この女が相手じゃなければ、きっと気配を隠しきれた。
しかし今回ばかりは相手が悪かったと言える。

「…それにしてもその言い方…は〜ん、なるほどね。ここ数日は、それが原因、か」

――悟られた。
顔に血が一気に駆け上がる。
恥ずかしさ、悔しさ…情けなさ。
それらに押し潰されそうだ。最早一刻も早くこの場を去りたい。
マーニャが、俺の顔を見上げたら――それがきっかけとなって、逃げ出せる。
だというのに、マーニャはそれすらも解っているかのように、決して振り向かずじっと前を見詰めていた。

「バカだね。あの子達は実の兄妹なのに」

…解ってる…そんな事、言われなくたって解ってるんだ…!
どろどろと溜まった気持ちの悪いものを、一息に吐き出してしまいたい衝動に駆られる。
だけど…だけど、それは…。
それはきっと、マーニャに甘えるという事だ。
吐き出す事で、俺はきっと楽になれる。
マーニャを口汚く罵り、デリカシーの無さを非難しさえすれば、幾許かはすっきりするのだろう。

それだけは、やっちゃいけない事だ。

ぐっと、中々噛み切れないものを無理矢理に嚥下するような所作。
その瞬間、計ったかのようにマーニャが俺を仰ぎ見た。
視線が、交差する。

「…ほんと、バカね」

「…バカバカ言い過ぎだろ。けど、実際のとこどうなんだよ」

佳い男が何処かに落ちていないかと、口癖のように言っていたマーニャだが、
ソロに対してそういった露骨なモーションとかは見られなかった。

「さあね〜?」

「そうか、解った。若い女が傍にいるヤツだと、色々と勝てないんだな。肌の張りとか」

「なんだとぉ?くっふっふ…中々、上等な口聞くじゃない…覚悟はできてるんでしょうねぇ!」

ひょいっと飛び起きたマーニャが一瞬で俺の背後に周り、細い腕を首に絡ませる。
マズイ、っと思った時には既に完全に極められてしまっていた。
ぎりぎりと締め上げられていくうちに、視界が真っ白になって行き、奇妙な浮遊感を覚える――。

「あっはっはっは!ちょっとは逞しくなったみたいだけど、まだまだね!」

「――かはっ!げほっ、ぐふっ……お、お前なぁ……!」

ヒヒヒと笑いながら駆け出すマーニャを追い掛ける。
だが、ひらひらと蝶のように舞い逃げるマーニャを捕まえる事は結局、できなかった。
早々に諦めた俺は、膝に手をつき前屈みになり息を整える。
心臓がばくばくとアホの子みたいなテンションの高さで脈打ち、非常に苦しい。
そんな苦労をしている俺の気など知らないとばかりに、戻ってきたマーニャが再度肩に腕をかけてきた。
今度は、締め上げたりはしてこなかったが。

「なんだかんだ言ってもね。皆、いっぱいいっぱいなのよ。
追い詰められてるって訳じゃない。だけど、色恋に現を抜かす程、耄碌してもいないって事かな?」

「それは…そうなのか?」

「どうかしらね。だけど少なくとも、ソフィアやソロ、アリーナなんかには、はっきりとした目的がある。
あのお爺ちゃんは年齢が年齢だし、トルネコは既婚。ライアンが朴念仁っぽいのは解るでしょ?
クリフトもミネアも、真面目過ぎる位真面目だから…。
私達の旅が終るまでは、浮いた話なんてのはでないでしょうね」

「そう、か。…それも、そうだな」

「旅の終りのその後は、解らないけど。今から考えるのは気が早いかもしれないわね。
だけど、考えておいても良いかもしれない。…戦いが終って、何も無くなったんじゃ、寂しいもの」

…何となく、その言い方が気になったから。
こっそりと盗み見るように視線を横にずらす。
マーニャは俺を見ておらず、その雰囲気は先ほど、一人で砂浜に座り込んでいたのと同じような雰囲気を纏っていた。

俺は右手をマーニャの後ろから回して、頭を撫でた。

「…ん?な!?ちょっと、何して…!?」

薄い、紫色の神秘的な髪。
細い糸を、指の隙間で梳く。
特に何か考えての行動では無かった。
初めは猫のように嫌がり、頭を振っていたマーニャだったが、ふんと面白く無さそうに呟いた後、大人しくなる。

やがて、遠くから近づいてくる足音。
ミネアだった。恐らく、姉を探しに来たのだろう。

「――……あ、お二人とも、こちらでしたか」

仲良く肩を組んでいる俺達に、ミネアは安堵の笑みを浮かべる。
これが肩でなく腕だったなら、また違ったリアクションを見る事が出来たのかもしれないが。

「……マーニャは、何も無いなんて事、無いよ」

「ん――そうね。それは、あんたもだと良いわね。…いいえ、あんたもよ」

肩に回した手でばしばしと叩かかれる。
ソフィアに次いで長い付き合いになった姉妹に、俺は精一杯の笑みを返した。
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