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4の人◆gYINaOL2aEの物語

イムル〜バトランド[1]
天空の兜がソフィアの頭にふわりと納まる。
これ、さっき俺が装備しようとしたらとんでもなく重いんでやんの。
首が折れるかと思った。
俺たちがわいわいと生命の危機に陥っている中、ライアンが戻ってきた。
城にいた詩人が、天空の盾はバトランドにあるとの噂を聞いたらしい。そして、ライアン自身にも朧げながらも記憶にあるようだ。
バトランドはライアンの故郷である。
これは良い感じじゃね?という訳で俺たちは再び船に乗り込んだ。

船での生活も長くなったものである。
というか、最近は時間的に殆どを船で生活していると言っても良いのでは無いか。
荷物を背負って歩かなくても良いのは楽なのだが、やる事も多くなっている。
今回は少し箇条書きにしてみた。

・マーニャと修行
・ブライの様々な事物、魔法に関する講義
・ライアンの剣術指導
・クリフト&ミネアの魔法講座
・アリーナの遊び相手

最後が一番死ねる。
これらは基本的にマンツーマンで行われる事は無い。マーニャとのそれ位か?
ブライの講義やライアンの指導にはソフィアやアリーナが同席する事も多いし、クリフトやミネアも顔を出す。
アリーナの遊び相手になる時も大抵ソフィアが一緒である。
突然やってきたアリーナが、襟首掴んで俺を連行していくんでこう書いたが。俺に限らず彼女の被害に遭う者は少なくない。
で、まあ炊事洗濯やら雑事やらも多い。
……俺、頑張ってるなあ……。
とは言え、彼女ら導かれし者たちはその道のエキスパートばかりだし、この環境って地味に凄いんだろうな。
これらは俺の都合がメインではなく、基本的に彼女たちの暇を見て行われている。ま、当然ですが一応。

「なるほど。その突きは良いですな」

ある日の剣術指導風景。
俺の所作を見てライアンが頷いた。

「教えたのはミネア殿で?お見事です。初めて剣を振るう時は、どうしても腰が引けてしまうもの。
届かない斬りや払いは余計な隙を生みますからな。動作も少なく済みますから、体力の消耗も抑えられます。
しかし……突きは死太刀でもあります。どうしたものか……」

うーむ、と唸るライアン。
俺は、どういう事かを訊ねてみた。

「突きは確かに、届かない斬りや払いよりはマシですが、避けられた時の隙は多大なのです。
一撃必殺、二の太刀は無い。故に、死太刀、などとも言われる訳ですが――。
これからの事を考えたときに、その突きを伸ばすか、それともより実践的・総合的な剣術を学ぶか、その方向性をどうするか」

いずれにしても総合的な技術を学ぶ事にはなるのだが、その上でどちらに重点を置くかという話らしい。
より攻撃的になるならば、突きを伸ばした方が良いし、防御的な性格を考慮するなら斬りや払いに、より手を出していった方が良いとライアンは言う。
少し考え込む。
何かを守るという事。それには、攻撃的な力が必要なのだろうか?

「今慌てて決める事もありますまい。ゆっくり考えてからで良いですぞ」
俺はその言葉に甘えてすぐに結論を出す事を避けた。
この選択は少し慎重にすべきだと思ったからだ。
戦うという事に対する覚悟はあっても、明確に殺しに行くかどうかはまた話が別だ。
出会い頭に襲われ、抵抗した結果殺してしまったというのが俺の限界で。
自衛の為に力をつけるのと、自衛の為に相手を殺す力をつけるのとでは、少し違う気がする。
殺す事をソフィア達に任せてしまって、俺は自分の身を守る技術を覚えれば良いのか。
恐らく皆はそれで良い、と言ってくれるだろうが…。
何かを奪う力ではなく、何かを守るための力。
俺の世界では、こういう物語がよく好まれたなと思い出す。確かに、それは理想的な力の行使だ。
だが実際に選ばないとならなくなった今、考えてみればその理想は様々なものを棚に上げ、他人に押し付けているのだと思い知る。
それは正しい事だろうか。いや、正しい訳が無い。ただ、卑怯なだけだ。
と、言っても、俺自身に明確な、何かを殺さなければならないと言う意識が余り無いのも確かなのだ。
何故、戦うのか。
襲われるから、撃退する。自衛の技術だけで済む話では無いか。わざわざ相手を殺す技術を得る必要はあるのか。
自衛の為に――仕方がなく、結果的に殺してしまう。俺の覚悟は、そこで止まっている。


スタンシアラから東へ。短くない距離を船で走破する。
目的の大陸に上陸した俺たちは、バトランドの王宮まではもう少し距離があった為、途中にあったイムルの村へと立ち寄った。
なんでも、この村を中心に起きた子供が消える事件をライアンが解決したらしく、戦士はちょっとした英雄になっているらしい。

「小さな村ですからな」

戦士が照れたように頬を掻く。
道行く人々に声をかけられ、それに一々律儀に応対し変わりは無いかなどを訊ねていった。

「ええ、それが事件という程の事では無いのですが――。
今は、宿屋に泊まるとおかしな夢を見ると言う話で持ちきりですよ」

おかしな夢、か。
ま、いずれにしても宿屋はそこ一軒だろうし、今から夜通し歩くってのもだるいし。
泊まらざるを得ないんだろうが――淫夢とかだったらどうしようハァハァ。

問題の宿屋にて、男女でそれぞれ部屋を取った後、再び集合し食事とちょっとした会議が開かれる。
とはいえ、差し迫った議題があるわけでも無いし方針も決まっているので、なんのかんのとだべるだけではあるが。
ライアンが宿屋の主人やその家族との会話を終えてこちらに戻って来た所で、クリフトが彼の事件について訊ねた。
今回の話題はライアンが語り手となる。

「それで、その事件はいつ起きたんですか?」

「そうですな…数年…前ですかなあ。宿屋の息子も大きくなったものです」

一応、この世界にも年という概念はあるようである。
しかし、そうなると…。

「じゃあ、それからずっと勇者ちゃんを探してたの?」

「まあ、そうなりますか」

問いかけるマーニャに、ライアンは事も無げに言い放った。
簡単そうに言うが、居るかどうかも解らない、居たとしても何処にいるのかも解らない、勇者を探す旅を長い間続けるというのはどういう心境なのだろう。

「大変ではありましたが、楽しいことも多くありました。
私はそれまでバトランドを出た事もなく、また出る事も無くゆったりとした時間の中で老い、朽ちて行くのだと半ば達観しておりました。
それが表にも出ていたのか、同僚にはのろまのライアン、などと揶揄される事もあったくらいで…」

戦士がカイゼル髭を撫でながら面映そうに笑う。
今のこの男が元昼行灯とか無気力症候群だったとか言われてもとても信じられんのだが…。
「城を出て、見聞を広める内に自分がどれだけ狭い世界に居たのかを思い知らされました。
これというのも、勇者殿の存在と、私の勝手な願いを聞き届けてくれた王のお陰…そこで、勇者殿。お願いがあるのですが…。
王に、貴女を勇者として紹介しても宜しいか?」

ソフィアはすぐには返答できなかった。
それでも、小さく頷きはしたが――今日の所はそれで解散となり、各々部屋へと戻っていく。
俺とソフィアだけが残った。――少女に、服の裾を掴まれていたからだ。
俺は少女がその意思を顕にしてくれるまでじっと待つ。
――そういえば、ここの所ずっとソフィアはどっかよそよそしかったっけ。
結局俺にはどういう事か解らず、時間が解決してくれるだろうと考えて、結果的には普通に接するくらいには修復されていたのだが。

『ライアンさんは…私にとても気を遣ってくれてる。重荷をただ背負わせる事のないよう、いつも配慮してくれてる』

頷く。そして、続きを促した。

『…勇者って、何?私は、別に勇者だから戦っているんじゃない。だけど、皆は私を勇者だと言う。
この天空の兜も、それを証明していると言う。
パノンさんはスタンシアラの王様に、私が世界を救い人々が心から笑える日を取り戻してくれるでしょうって言ったけど…。
もしかしたら結果的にそうなるかもしれない。だけど、私はそれを第一に考えている訳じゃない。
それでも――私は、勇者なのかな?』

少女は多弁だった。
いや、それまでずっと内に抱えていたものを少しだけ吐き出したと言った方が正しいか。
――これも、全てでは無い筈だ。
勇者の解釈。

この世界の人間は、俺が見た限り勇者とは人間を救ってくれるものだと無条件で信じている節がある。
俺の世界での勇者が、時に冗談のような使い方、アホな人間を揶揄する時にすら使われる事もあるのと比べると対照的だ。
人々は、ソフィアを勇者と呼ぶ。その中に悪意は無いだろう。しかし、好意しか無いというのも問題なのだが。
勇者だから人々に期待される。だがそれ以上に――ソフィアにとっては。
勇者だから、村を滅ぼされた。その度合いの方が強いのではないだろうか。
何故、ソフィアは勇者なのだろう?――誰が、決めた?
…此処で俺は既に一つの仮説を立てている。
ソフィアに勇者という過酷な運命を背負わせたのは、神、では無いか、と。

「もう少しで…その答えも出るような気がする」

その時、君は――もし俺の仮説が正しかったなら、一体どうするのだろう。




その夜、夢を見た。
人とは思えぬ陶器のような美しさを湛えた少女。
彼女は、すらりと高い塔に住んでいて、
そこに入るには笛を奏でなければならない。
太古の仕掛けが用いられた塔を訪れる銀髪の男。
男女は互いの名を呼び合う。
人間を滅ぼそうとする魔族の王と。
それを諫める麗しい娘。
ピサロと、
ロザリー。
魔王は、娘の言を聞き入れずにまた去(い)ってしまう。
少女は祈る。
誰か――ピサロ様を、止めてください。
届いて欲しい。この、想い――。
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