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◆u9VgpDS6fgの物語

アルカパ[8]
『ちょっと待ちなさい。まったく若者はせっかちでいかん』
奥の階段に差しかかろうとした刹那、先回りしていたのか王が俺達の前に立ちはだかった。
『そのまま行っても真っ暗で何も見えんだろう。
大広間を抜けて地下に降りれば台所に松明があったはずじゃ。それを使いなさい』
王は言うとゆっくりと俺達の背後の、下り階段を指さした。

『さあ、あっちじゃ。錆び付いていたドアも開くようにしておいたから、頼んだぞ』
王が言うと、ふうっ、と暖かな風が流れて、掻き消えるように王の姿が闇に溶けて消えた。
『王様も一応手伝ってくれるのね。行きましょ』
くるりと振り返って言うと、ビアンカは今度は俺の手を取って歩き出した。

広間を抜けて地下に降りる。
閉ざされた扉に手をかけると、一瞬暖かな空気が流れ
かちり、と微かな音を立てて扉が開いた。王の気配を感じたが、姿は見えない。

広間の奥、ロビーの隅の小さな階段を降りて、
俺達は何事も無く地下のフロアに足を下ろした。

気配を感じてキッチンを覗き込む。
透き通った体のコックが一人、中央の大きなテーブルに置かれた
テーブルからはみ出すほどに大きな皿に料理を盛り付けていた。

『松明はどこにあるのかしら・・・』
ビアンカが囁く。
そろりと一歩ずつキッチンに足を踏み入れるが、
コックはこちらには気付かない様子で忙しなく皿の周りを行き来しながら
色鮮やかに皿を料理で埋め続けていた。
時折『もうやめてください』とか『わかってます、わかってますよ』とか
『助けて・・・』とか、姿の見えぬ何かに向かって呟き続けている。

コックの後ろを抜けて奥の物置き場を探る。
手を分けて木箱や壷の中を探していると
壷の底にぽつんと置かれた小さな松明を見つけた。
木の棒に何か模様が織り込まれた布が巻きつけられ、
銀の取っ手と火種らしい金具が設えられている。
『これで暗い部屋も大丈夫ね、良かったわ』
物珍しそうに松明を手にとってビアンカが言った。

音を立てないようにまたこっそりとコックの背後を階段まで戻り、
広間へ続く階段を駆け上がる。

『ねえ、早く行きましょうよ』
そう言って袖を引くビアンカに頷いて、俺達はまた来た道を戻った。
大広間では相変わらず悲しげなダンスが繰り広げられている。
囃し立てるゴースト達を振り落とそうかと思ったが
フロアの中腹辺り、俺の体では手の届かない位置に浮遊している。

諦めて通路に戻ろうとしたとき、俺達が今までいたその場所に、
その瞬間まで居なかった、白い蝋燭がぽつんと佇んでいた。
丁度俺達の目の高さ。
ちらつくように揺れる点いたままの炎があたりをほんのりと照らしている。

驚いて立ちすくむ俺達の目の前でそれはゆっくりと向きを変えた。
そして大きく開いた口でにたりと笑うと、聞き取れない声で何かを発した。

ごう、と空気を裂いて赤い小さな塊が俺の視界を塞いだ。咄嗟に両手を掲げる。
『サン!』
轟音、熱と耳鳴り。
その向こうから微かにビアンカの声が聞こえた。
呪文を食らったんだとやっと気付く。肌の表面がびりびりと痛む。熱い。

『なにすんのよ!こいつ!』
叫びながらビアンカが鞭を振るうのが、下ろしかけた両腕の隙間から見えた。
敵は床に叩きつけられると、またよろよろと立ち上がり
くすぶった頭上の炎を気にするようにふらりと視線を上げた。
裂けた口の隙間からだらりと赤い舌が覗いている。

痛みを堪えて俺は、鞭を引き寄せるビアンカの脇をすり抜け
まだふらつく敵の顔面に武器を振り下ろした。
不意を突かれた敵はギャア、と叫び声を上げて床に転がり、
ごろりと半回転して動かなくなった。

『サン、大丈夫!?』
思わず尻をついた俺に駆け寄って、ビアンカが心配そうにしゃがみ込む。
両腕はまだひりひりしたが、熱と衝撃で受けた鋭い痛みはゆっくりと引いていた。
「大丈夫」と答えるとまだ不安そうにビアンカが俺の腕を覗き込む。
薄暗く良く見えないが、おそらく真っ赤に腫れているだろう事は判った。

『どうしよう、冷やさなきゃ。
それかどこかで少し休みましょ?お城だって寝室くらいはあるでしょ』
ビアンカの言葉でふと思い出す。
確かここには宿屋があった。
場外に投げ出されるのは少し面倒だったが、宿に泊まれば傷は回復するだろうし
魔力の回復もしておきたかった。

幸い足にダメージは無かった。
立ち上がると俺は「あっちに部屋が」とだけ言って今来たロビーへと歩き出した。

出来ればもう敵には会いたくない。
祈るような気持ちで俺はゆっくりとロビーのドアを開ける。
祈りは届かなかった。
ロビーの中央、丁度俺達の目の高さに、赤茶色い
絵に書いたような“お化け”の形をしたモンスターが、ゆらゆらと浮遊していた。
それは俺達の姿を確認すると、にたりと舌を出して両腕を振り上げた。

『なんなのよ!もう!』
怒ったようにビアンカが鞭を振るう。
追い討ちをかけて俺が武器を振ると、あっさりとモンスターは沈黙した。
半透明に横たわる死骸を跨いで俺達はロビーに足を踏み込む。
案の定、階段の脇にさっきは気がつかなかった扉があった。
開いて中に入ると、カウンターが据え付けてあり
その向こうには炎のような人魂のようなものが揺れている。

カウンター越しに覗き込むと?人魂は『なんだい客かい?』と面倒くさそうに言い、
『奥のベッドが空いてるから、勝手に休みな』と吐き捨てるように言った。

言葉に従って奥を覗き込むと、意外にも
真新しげな白いシーツの掛けられたベッドが二台、並んで置いてある。
『なんだか気持ち悪いけど、いいわ。サン、少しでも休まなきゃ』
聞き終わらないうちに俺は手前のベッドに倒れ込んだ。
ビアンカの心配そうな気配が通気を伝って俺にも感じられたが、答える余裕もなかった。。

呪文のダメージは、思ったよりも深かった。
本当は体力は、まだそれなりに動けるだけを体に残してはいた。
けれど呪文を放たれた時の空気の粘つくような嫌な感じと
目の前に迫ってくる真っ赤な炎の塊の残像が、俺の精神的な
なにか軸のようなものまで焦がしていったような気がした。

恐怖。

それが俺の心に芽生えたのは決してこれが初めてではなかったが。
得も知れない理解の届かない「呪文」というものの恐ろしさを
初めて身に染みて理解したような気がした。

こんなものが当たり前の世界。こんなものが。
息を止めて目を閉じて、俺は只暗闇に逃げ込もうとしていた。
目を閉じて耳を塞いで、自分の中に潜ることが、この世界で唯一の逃げ道になっていた。

ビアンカは心配そうに暫くベッドの周りを歩き回っていたが、
やがて諦めたようにもう一つのベッドに潜り込む音だけが聞こえた。
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