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タカハシ◆2yD2HI9qc.の物語

鮮血
深緋の鮮血は、俺の上半身を染め上げていた。
俺は全く動くことも出来ず、ただ眺めていたのだ。
この、気高く高潔な女が切り裂かれるのを。
その、か細くか弱い生身の身体が、和紙のごとくくしゃくしゃと音を立て潰れる様を。
俺は、美しく捉わる写真を観る様に、見ていたのだ。


「お前ら、人間がしぶといじゃないか。
 いますぐ殺してやるから、待っていろ」

怒鳴りとも呼べる、がらがらとした声が言い終わったとき、ルビスはそっと、微笑んだ。
がらがら声のゴールデンゴーレムは、俺を見えない生体のごとく素通りし、鉈の一振りを見舞う。
まったく、人間になったばかりのルビスは無抵抗に切り裂かれ、その瞬間までも俺を優しく包み込んでいた。

『この魔物にあなたは見えません。私の、最後の力です。あなたは世界を救うのです』

俺は、そもそもが身動きをとれずにいた。
最後の力だかなんなのかはわからないが、ぎゅうとまるで荒い布のような空気に、固く縛られていた。
指先すら動かせず、じっと成り行きだけを、眺めるより他無かった。
宿屋から飛び出るゴールデンゴーレムとその鉈は、満足に深緋を浴び喜んでいるように見える。
そのうちガハハと笑いだけを残し、俺のこの肉体すら消したかのように、何処へと去っていった。
実際俺は、ほとんど殺されたのと対した変わりが無かった。
目の前で誰かが裂かれ、そうする者が入る建物へ近付きもせず、悲鳴だけをぼんやり聞いていたのだから。


俺は一人、やがてこれらの意味に気が付き、何か大きな意思が身体へ宿るのを感じた。
けれども、クリーニやフーラルにサリイもラルフも病気の者も皆殺され、ルビスの最後は人だった。
神は、ここに最愛の人間として、死んだのだ。

残された鮮血は、やがて固まり凝する。
締め付けられゆくこの身体と誰彼に定められてしまった此れからが、いまいましくて仕方が無い。
ようやく解かれた縛りをほどき、俺はまず自らを、消すことから始めることとした。
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