◆タカハシの物語



〜 第二部 〜

●旅立ち

気を失った俺は完全に回復するまで宿屋のベッドで過ごし、重傷だったテリーも
隣のベッドで寝ていたが、驚異の回復力で俺より早くベッドを降りた
とても死に掛けていたとは思えない


トルネコは─
身体は完全に回復した
だけど、あのドラゴンが言った通り全ての記憶を失い戦う力も無くなっている
この事は魔王の手下によって全ての人間達に知らされたそうだ

突然、人間の敵である魔王から伝えられた勇者の敗北
人々は勇者がいた事すら知らなかったのに、勇者が現れた喜びより先に悲しみを聞かされ
魔王の思惑通り、人々はこの世界の未来に絶望した


ライフコッドには、グランバニアからたくさんの兵士を引き連れ、王がやってきた
王は俺とテリーに詳細を求め、トルネコと会った後

「まるで人形では無いか……」

そう呟きしばらく塞ぎ込んだ


回復し目を覚ましたトルネコはまるで別人だった
感情を無くし表情は薄れ、話しかけてもあまり反応が無い
当然、ネネも大きなショックを受けしばらく泣き続けていたが

「私がきっと治してみせます
 トルネコさんが何者であろうと、私の気持ちは揺るぎません
 それにやっと… この村に留まってくださったのだから……」

そう言って顔を直し、トルネコと暮らし始めた
だが俺は ひどく感思し村の外で思いうらぶれた



あの戦いから十日がすぎ、村は平静を取り戻し元のゆっくりした時間が流れている
トルネコの件があったというのに、それさえやさしく包んでくれる、不思議な雰囲気だ

「タカハシ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「一度グランバニアヘ行こうと思ってる
 この村には預り所が無いからトルネコさんの荷物を預けられないんだ
 その後フィッシュベルの鍛冶屋へ行くよ」

テリーと二人、入口広場で話し込む

"フィッシュベルの鍛冶屋カンダタに鍛え直してもらうように"

この伝言と共に俺はトルネコの荷物 そしてオリハルコンの剣をネネから託されていた

「そうか… 雷鳴の剣、折ってしまって悪かった
 あれから忙しくて言う暇無くてすまない」
「気にすることはないよ、俺にはオリハルコンの剣がある
 それで、雷鳴の剣も修理してテリーが使ってくれないか?」

雷鳴の剣の持ち主としてふさわしいのは電撃を操るテリーだろう

「いいのか!? …しかし折れた剣を修理出来るのか、それにこれは魔法剣だ」
「大丈夫だと思う、フィッシュベルの鍛冶屋は魔法剣を鍛え直せるって、前にトルネコさんが言ってた」
「む… フィッシュベルにそんな名工がいたとは…
 決めた、俺は城を辞め雷鳴の剣を直し修行の旅に出る
 上級兵士だなんて調子に乗って安心しきっていた自分を鍛え直す」

テリーが悔顔で言う

あの戦いはトルネコや俺だけでなく テリーの先行きまで変えてしまった

「この村の警備はどうするんだ?」
「王が警備兵を置いていってくれたから大丈夫だろう」

王はグランバニアへ戻る際、連れてきた兵の一部を警戒の為、村へ残していた

「一緒にフィッシュベルまで旅しようじゃないか、タカハシ!」
「うん、俺も心強い よろしく」
「かなり長い旅になるからグランバニアでしっかり準備していこう」

テリーは今すぐ出発しようと言いたげだったが、俺はいろいろ準備があるから出発を明日にしようと提案した

「ふーん? グランバニアでもいいような気もするが、まぁ構わないよ」



本当は準備する事なんてこの村では何もない
旅に出ればきっと厳しい毎日だろう
だから、この平和な情景を忘れないよう焼き付けておこうと思った










●理由

翌朝、トルネコには会わず村長やネネに挨拶をして村を発ちグランバニアからの道を逆に進む
遭遇する魔物は全て俺が相手をしテリーは言葉で支援する

「どんどん戦え! 最後に残るのは経験だけだぞ!」

オリハルコンの剣はトルネコ用に鍛えたというだけあって少し扱いにくい
どういうわけか剣筋が安定しないのだ

「早く鍛え直さないと変なクセがついてしまいそうだ」
「うむ 最初のうちにクセがついてしまうと中々矯正出来ないからな
 そのクセが困るものでなければ問題はないがこの場合─ 困るクセだな」

精神力を強さに変える魔法の剣─ のはず
俺の精神力は貧弱なのか全く力を発揮しているように感じられない
もっと強くなれという事か



「預り所で待ち合わせよう」
「よし 俺は城へ行ってくる」

順調にグランバニアへ到着した俺達はそれぞれ別行動を取った
テリーは兵士を辞めるため城へ、俺はトルネコの荷物を預り所へ預けに行く

荷物の中には俺宛に地図や旅メモ、手紙が入っていた
手紙にはゴールド紙幣が挟まれ勇者であった事が書かれている

俺が一人で旅しても大丈夫なように準備してくれていたのか
そういえばお金の事なんて何も考えてなかったな…


「タカハシ、準備はどうだ?」

旅メモの通り荷物をまとめ終えると同時にテリーが声を掛けてきた

「お、あとは食糧だけだよ 城はもういいのか?」
「ああ済んだ 姉さんが強く反対したけど無理矢理出てきたよ」
「大丈夫なのか?」
「姉さんだって上級兵士なんだ、必ずわかってくれる」
「そうか… じゃあ、食糧を買いに行こう」

頑丈で大きなリュックに長期保存可能な乾物だけを選び、袋へ詰めていく
念の為多めに詰めると大きなリュックは一杯になった
これで二人の荷物は三つ

「一人二つを交替で持っていこう、旅が進むにつれ軽くなるさ」

地図を確認すると休憩所部分に"水補給可否"が書いてあり、何もなさそうな場所に"食料品店"という印が付いている
きっと、トルネコのように強い商人が食糧を売っているのだろう
ただ何日掛かるかまでは書いていないから、食糧や水は節約しなければならない



「いくか!」

準備万端、二人意気揚々と門をくぐる

初めて自分の意志で目的地を決めた
これから進むのは未知の世界の未知の土地
不安もあるが進まなければ何も始まらない


「テリー、フィッシュベルの後どうするんだ?」
「俺は修行出来る場所を旅しながら探す お前はどうするんだ?」
「うん、イシスに行って魔力を引き出してもらおうと思ってる
 その後は─」

トルネコがいなかったら今頃どうなっていたかわからない
俺を助けたトルネコは 今呪いによって苦しめられている

「…トルネコさんの呪いを解く方法を探しながら、修行の旅をする」
「そうか 呪いを解く旅か…
 辛い旅になるかもしれないがお前なら見付けられるさ」

はっきり言って全くアテがない
もし、方法が見付からなくても 神であるルビスならもしかして‥

「テリーは、強くなってあのドラゴンを倒すのか?」
「それも、そうなんだが…
 頑張って強くなれば、勇者になれるんじゃないかと思ってるんだ
 俺は… もうじっとしているのは嫌だしこの世界を進んで平和にしようと決めた」

勇者になる、か
俺にはその勇者というのがよくわからないが、神に遣わされたこの世界の希望であることは知っている
…神本人は何もしてくれないが

「勇者に、なれなくてもいいんだ
 とにかく強くなって魔王を倒す、きっと出来ると思う その時は、加勢頼むぞ!」
「わかった 約束だ!」

魔王と… 戦える程強くなれたとして果たして─


勇者トルネコを思いながら お互い言葉を交わした










●様々な思い 更なる思い

グランバニアを発って幾日
目の前に横たわる凶々しい魔物、ブラディーポの四肢から動く気配が消えた
続けて全身毛に覆われモコモコした、見た目はかわいらしい魔物モコモンが体を丸め突進
真直単調な動きを難なくかわし剣を叩きつけ命を絶つ
剣に付いた血を拭き鞘に納めると ブラディーポとモコモンの体が光に吸い込まれ消えていく

どれくらい命が消えたのだろう
今は魔物を倒す事になんの躊躇も感じない、見慣れた光景だ

トルネコの渡してくれた荷物には魔物のスケッチとその名前が書かれた本

『魔物には知り得ない敵の名前を、俺は知ることが出来る』

魔物に対するただ一つだけの優位


「まだ続くのか…」

名も知らない しかも異世界の人間に殺される魔物達
いつになったら俺の旅は終わるのか、焦るばかりだ

口を衝いて出たこの言葉は 聞く者も答える者も無く大地へ染み入った



緑と薄茶が混ざったような現実感の無い広大な世界
旅人しか使わないだろう均された砂利路の上 変わり映えしない景色を眺めながら進む

「ハァ」
「なんだ、どうしたタカハシ?」
「いや、まだ着かないのかなぁって」
「おいおい、もう音を上げたのか?」
「そんなんじゃないけど、ひたすら魔物と戦って進む事に慣れていないからちょっと疲れたんだ」
「旅人のクセにそんなんでよく生きてこられたな」

そうだ 俺は旅人という事にしてるんだった
でも 今の俺は、無理してるんだよなぁ
本当の俺は… 俺は…?
どんな人間だった かな………

「今日は早めに休もう 俺もちょっと疲れた」

考え込む俺を後目に、テリーは木々に挟まれた岩影に腰を降ろす

今はどんな人間だったかなんて関係ないよな
この世界では俺の常識は通用しないんだから…

考えるのをやめ荷物を放り身体を休める
陽はようやく傾いてきた所だ

「なぁ 魔物は倒された後なぜ光に吸い込まれていくんだろうな?」

前から疑問だったことをテリーに聞いてみる

「さぁな 俺が戦うようになった時、いつもそうだったから考えたことも無い」
「そうか… 光に吸い込まれて どこへ行くんだろうな…」

魔物が動かなくなると必ず光がその亡骸を包み込み何処かへと持ち去っていく
それが気になっていた

「どこへ行く、か
 お前は変な事を言うんだな」
「人間も、死ぬと光に包まれて消えていくのか?」
「ああ 人間も光に包まれる、が─
 肉体までは消滅しないんだよ 魔物の時と同じ光なんだけどな」

人間の肉体は消えない… なぜ魔物だけなんだろう
光の向こうには何があるんだ?
…死ななきゃわからないって事か

「そういえばテリーはドラゴン戦の後よく… 蘇生魔法をかけたとはいえ生き返ってこられたな」
「ザオラルか あの魔法はな、完全に死んだ者には効果ないんだ
 まだ生きる力を持つ者だけ つまり完全に死んでいない場合だけ蘇生できる
 完全に死んでしまった場合は上位魔法ザオリクを光に包まれる前に使えば、生き返らせる事が可能らしい
 ただしザオラルもザオリクも老衰や病気なんかには全く効果が無い」
「魔力を持てば使えるようになれるかな?」
「いや、ザオリクは無理だろう 消滅した古代魔法だ」

ザオリク
完全に死んだ者でも生き返らせる事ができるなんて驚きだ

それと、魔物が空へ飛んで行く魔法はなんなんだ?

「ルーラだ 瞬間移動魔法だな
 これも消滅した古代魔法なんだがどういうわけか魔物達は使える
 仮に俺達が使えるようになったとしても体が持たない
 ザオリクもそうなんだが魔力を酷く消耗しヘタをすれば命を落とすそうだ
 昔は高度な魔力を持った人間が多かったんだよ」
「瞬間移動魔法… なんでもありだなぁ」
「はは まぁ古代魔法は上級兵士にでもならないと知る機会がないからな
 書物によると過去八回、魔王によって滅ぼされかけた時に使われていた魔法らしい」

過去八回も… 魔王や魔物を退けてきたんだな
この世界の人達はこの世に存在した時点で魔物達との戦いの中に投げ込まれているんだ

俺はそんなにたくましくない
少し 疲れてきたよ

「トルネコ殿の事もあったし、お前は修行を始めたばかりだ 無理もない
 少しペースを落として行こう フィッシュベルは逃げないさ」
「ああ… すまない」
「…俺達姉弟はな、メルキドで生まれたんだ
 メルキドは俺が幼い頃魔物に滅ぼされその時親を亡くし二人でグランバニアへ移り住んだ
 15の時、二度と魔物の好きなようにされない為、強くなろうと決め兵士になった
 だが上級兵士になるにはとても辛かったし何回もくじけたよ…
 なかなか強くならない自分に腹が立ったし焦ったよ
 でも、そんな思いは時間が解決してくれた
 ただがむしゃらなだけじゃ守れる者も守れないって気付いたんだ
 そこからは自分で言うのもなんだが冷静に判断出来るようになって急激に強くなれたよ
 戦闘は今後も容赦なく繰り返されるが─ 焦らずしっかり目的を持って進んでいくんだ」

自分の中に少しの苛立ちを含む焦りを感じていた
そんな様子にテリーも気付いていたんだろう

「ありがとう…」

メルキドはテリーの故郷だった
滅ぼされた時 どんな気持ちだっただろう
どんなに悔しかっただろう
そして 強くなろうとどれほどもがいただろう

─今の俺はただがむしゃらに進んでいるだけ 何も考えていないのと変わらない

そうだ 焦ってミスすれば全てがダメになる
この世界でのミスは死を意味する トルネコも言っていたし俺も戦うようになって実感した
進んでいくのは確かな事だが自分の気持ちが乱れていては……

ここまで自分が弱い人間だったなんて─
同じ事を繰り返し考え堂々巡り こんなんじゃいつまで経っても本当の強さは手に入らないだろう
強くならなきゃ最大の目的であるルビスには会えない

落ち着いてこの世界を歩いてみよう
テリーの言う通り焦らずに進めば見えなかった事も見えるようにきっと なれる
トルネコの事も含め、全ては自分の為に─ 俺は改めて気を嗜んだ










●海渚

硬いストーンマンとの連戦に疲倦しているとテリーが叫んだ

「おい見ろ!」

丘の彼方に銀と白に燐く蒼
気付いた途端 潮の匂いが鼻を刺激し始めた
咄嗟に顔を見合わせ駆け出す
変わらない場所を抜け新しい物を手にするため疲れも忘れ駆けた


「おおおぉぉぉぉぉぉ!!! 海だぁぁぁあ!!」

丘を越えると眼下に白砂 満ち引きを繰り返し泡立つ潮

「風呂入ってなかったから丁度いい!」

途中道に迷い水を使える休憩所に立ち寄ることが出来ず 水浴びしたくて仕方がなかった

荷物を放り投げ勢い良くジャンプの体勢をとる
が、服を着たまま海へ入ろうとする俺をテリーが止めた

「ま、まて! 気持ちは解かるが─」
「なな、なんだよ! そ、そうか服か、そうなのか?!」
「頼む落ち着いてくれ! お前なんか人が変わったな、恐いぞ…」

う…
なんで止めるんだ 俺は潮が渇いてジャリジャリしてベトベトしてもいいから…

「違うんだ、海にも魔物がいるんだよ」
「えぇ?!」
「海の魔物は強い
 いくら俺達でも泳いでいる無防備な所を狙われたらただじゃすまん
 薬草も少なくなったしこんな所で怪我はできんよ」
「そう なのか…」

ガッカリした
これほど魔物を恨めしいと思った事は無い
俺の喜びを返せ

「風呂はこの近くにある休憩所まで我慢だな
 ここから先は俺も戦う 海の魔物には電撃が効果的なんだ」

あの喜び方はそっちだったのか…
休憩所があるっていうのは見落としてた

「水浴びは諦めるとして 魚食べたいなぁ… 乾燥した肉や野菜はもう飽きたよ」
「釣り具を持ってくるべきだったな 前に来たときは釣りまくったぞ」
「なんだテリー、来たことがあったのか!」
「ああ 魔法を使うにはこの海沿いを通りイシスへ行かなければならないんだ
 あの時は城の兵士達と数台の馬車で進んだから地理は全くわからんがな
 荷物も好きなだけ持っていけるし徒歩より多く移動出来たし楽だった」
「じゃあ、グランバニアで馬車を借りればよかったじゃないか」
「車があっても馬が希少だから無理だ 人力ってわけにもいかんだろう」

水浴びも魚料理もおあずけ 目の前にありながら…

「だがこれでだいぶ進んできた事がわかった 少し安心したよ」
「あぁそうか そういう事になるかぁ」
「この海沿いを進んで行けばフィッシュベルに着く もう一息だ」

なるほど
残念な事が続いたけど確実に前進できている事が嬉しい
どんな町だろう 名前にフィッシュ付きだし漁業が盛んなのかな

気をとり直し進み始める
砂浜では足を奪られてしまうから砂の上を歩くことは避けた


蒼空の下に広がる蒼海 海天には海雲
最高だ 見ているだけで心が広くなったように感じる
おまけに海風も心地いい
気がすっかり緩んでしまうのを抑え近くにあるという休憩所を目指す


海がこんなに青いなんて知らなかった
俺が見たことのある海は 薄黒い
テレビや雑誌で本当は青いって事は知っていたけど…

「お、あれじゃないか? 地図を見せてくれ」

地図を広げ辺りの地形と照らし合わせる

「あの小屋に間違いなさそうだな やっと水浴びできるぞ」

熱いシャワーが恋しくなったりもする
が、冷たい涌き水も桶に移し外に置いておけば水温は上がり昼間なら湯にもなるんだ
不便だけど、こうした知恵で乗り切るのも悪くは無い
この世界にこなければ、こうした自然の有り難さには気付けなかったよ


「まだ明るいが今日は休憩所に泊まろう
 もしかしたら近くの森に喰い物があるかもしれないし、薬草も探したい
 俺も正直乾物は飽きた…」

水を水筒に詰め、荷物は置かず少し離れた森に入り食べられそうな植物を探す


「うーん なにもない…」
「俺も知識が無いから判断できないよ」
「仕方がない 薬草ならわかるからそれだけでも採っていくか
 こんな事なら非常食心得書を持ってくるんだった……」

長い時間探し食べられそうな植物はあったが得体が知れないので結局薬草だけを持ち帰った
傷を治してくれるが苦くて全くおいしくない

「薬草は少し乾燥させなきゃならないから、外に置いておこう」
「はぁ 乾燥していないものを食べたい…」

十帖ほどの小屋で若い男が二人 沈痛な面持ちで沈黙に耐える

新しい物を手に入れても更に上の物を求めるのは人間の性か
森で食べ物を見付けられると思っていたからとても落ち伏せた

「なぁテリー……」
「なんだ?」
「魔物って… 喰えないかな…?」
「お、おい 勘弁してくれよ あいつらは食用じゃないんだぞ?」
「う… そうだよなぁ」
「やめてくれ 次から喰い物に見えてくるだろうが……」

いかん
ようやく海にたどり着いた自分を褒め為す気持ちで変な事を考えて…!

「何か物音が 誰かくる…!」
「魔物か?」

テリーも何か気配を感じたように言う
剣をとり静かに剣室から引き抜く

『ガチャ』

小屋の扉が開くと同時に入口の何者かに剣を向ける─ !!

扉の向こうから 二人の剣に鋭い眼光を呉れギリギリと抑え込む初老の男が姿を見せた










●商人メルビン

「何者だ!?」

そう言うや否や 男はテリーの剣を跳ね上げ更に俺の喉元に切先を当てる
テリーが反応できない─ 突然の事に身体は全く動かせなかった
稲妻の剣がガチャリと床に落ちると同時にテリーが慌てて詫びる

「も 申し訳ない! てっきり魔物かと…」

俺は喉元に当てられた切先に力が入るのを感じ喋ることすら出来ない

「それは、真か?!」
「俺達はフィッシュベルに向かう旅の者です!
 決して悪意があったわけでは…!」
「……嘘の無い眼をしているな 信じよう」

男が剣を引く
俺はすかさず詫びた

「いや ワシもノックせずに入ったのが悪かった
 盗賊に襲われたのかと思ったんじゃよ
 ここはお互い様という事で水に流そうではないか」

テリーは寂として剣を取り鞘へ収めている
あっさりやられたのが相当悔しいのだろう

「メルビンさん、どうかしたの?」

声のする方を見ると─ ホイミスライム?!
慌てて剣を按ずる

「まてまて ホイミンというんだ、敵ではないよ
 ホイミン、こっちへおいで」

ホイミスライムが小屋へ入ってきた

「ボクはホイミン 悪いホイミスライムじゃないよ!」

悪くないと言われても…
男がニコニコしているので戸惑いながらも柄に掛けた手を直す

「ワシの名はメルビン 旅の商人じゃ
 このホイミンは邪悪な力を持っておらん 安心なされよ」

俺はつくづく商人に縁がある

「俺はテリー、彼はタカハシです
 さっきも言いましたがフィッシュベルを目指してグランバニアから来ました」
「ほう なぜフィッシュベルへ行く?」
「この雷鳴の剣を修理しようと思っているのです」
「雷鳴の剣か! 良い物を持っているな、フィッシュベルの鍛冶屋なら直せよう」
「メルビンさんは町を渡り歩いて商いを?」
「いや、ワシは町や森で仕入れた薬や食料品をお前さん方のような旅人相手に外で商売しているんじゃよ」

トルネコの地図に書かれていた"食料品店"はこのメルビンだった

しかし外で商売なんて危険では?

「ホイミンがおるからな 町だと住民を驚かせてしまう
 ワシにとっては家族だから無下にするなど考えられんのじゃ」
「魔物にも人と生きていこうとする純粋な者もいるのですね 驚きました」
「世界でボク一匹だけだよ! 毎日ルビス様にお祈りしてたら悪いココロを無くしてもらえたんだ!」

ルビスもたまには良い仕事するじゃないか
その調子で世界も救えばいいのに…

…ん?
食料品という事は…

「メルビンさん、新鮮な食料はありますか?」
「おおあるぞ 今しがた魚を釣り上げたばかりでな
 この小屋で乾物にしようと思っていた所じゃよ」
「魚……! う、売ってください!」
「さっきの事もあるし特別安くしてあげよう」

やった!
テリーの顔にも元気が戻る

「米はありますか?!」
「もちろんじゃ 待っておれ」

"まともな喰い物だ!"
テリーを見ると竃元で火を入れていた
素晴らしい行動力 少し尊敬する

「外にきて! 準備整ったよ!」

ホイミンの誘いにフラフラとついていくとそこには立派な馬に繋がれた大きな荷車

「この馬車で旅をしているんじゃ
 さぁ荷車から好きな食べ物を選ぶと良い」





「もう 喰えない…」
「こんなにウマイ飯は久しぶりだ、メルビンさんありがとう」

膨れあがった腹をさすりながら礼を言う
残した料理もたくさんあるが数日なら持つだろう

料理のほとんどはメルビンが作ったものだ
用意したは良いが調理経験の無い二人で立ち尽くしている所を手伝ってくれた

「あ! 代金支払って無かった… いくらになりますか?」
「ワシらも馳走になったのじゃから20Gでどうじゃろう
 約束通りまけるよ」
「いえ 手伝ってもらったしそういうわけにはいきません」

だがメルビンは頑として譲らない
チャリリと10G硬貨二枚をメルビンに渡す

買ったのは今日の分だけではないから随分安くしてくれたと思う

「ありがとう 気持ちの良い喰いっぷりじゃったぞ! わははは!」


しばらく休み、メルビンの手伝いをする
捌かれ開いた魚を釜の上に置かれた箱に入れていく
燻製にするのだ

「これで良い 後はこのまま煙に巻くだけだがとてもこもる
 外で酒でも呑もうじゃないか」

外はすっかり闇
メルビンがランプを灯し酒を持ってくる
テリーとメルビンはぐいぐい飲み始めたが俺は遠慮した
もう二日酔いはゴメンだ

「お前さんはグランバニアの上級兵士じゃったか!」
「元、ですよ もっと強くなりたいから辞めて旅に出たんです」
「上級兵士なら十分じゃと思うがのぅ タカハシ殿も兵士だったのか?」
「いえ 俺は只の旅人で、今はある人の呪いを無くす方法を探してます」

トルネコの名は出さなかった
すでに勇者であると知られているからその事についてあれこれ聞かれるのが嫌だからだ

「呪いはそう簡単には消せん 旅が無事終わることをワシも願おう」










●勇者を探す旅

ホイミンはメルビンの側で寝ている
不思議な関係だ

会話の途中で燻製が出来上がり、メルビンによって馬車の中へ干された
俺も出しっぱなしの薬草を思いだしリュックに詰め、戻る

「メルビン殿は強いですね 俺の剣を簡単に弾いた」
「いや、もう僅かな時間しか戦えんよ 一瞬ならば今でも負ける気はせんがな わっはっは!」

テリーはほろ酔い程度で止めていたがメルビンは飲み続けかなり酔っていた
俺はホイミンとの出会いを知りたくなり、遠回しに旅の事を聞く

「うーん 何年じゃろうなぁ… 数十年としか覚えておらん
 勇者トルネコを知っているか?」

トルネコ─ もちろん知っている
少し動揺してしまった

「え、ええ… 呪いをかけられた…」
「うむ あのトルネコに剣術と商売を教えたのはこのワシじゃ」
「え!? じゃ、じゃあ、勇者を育てた─」
「いや 勇者とは知らんかった 確かにトルネコは強かったがまさか、なぁ」

トルネコの師匠
だから俺達の剣をあんなに軽々と…

「トルネコは五年ワシと旅をした ある日ルビスの声を聞いたとかでどこかへ行ってのぉ
 あの時は意味が解からなかったが 勇者になったんじゃなぁ」

意外な話にテリーも聞き入っている

「元々ワシはグランエスタードの兵士じゃった
 ああ グランエスタードとはこの地方を治めていた国、ずいぶん昔に滅ぼされたがの
 その王の密命で勇者を探す旅をしていたんじゃ
 国が滅ぼされてもワシは商人となって勇者を探した
 その時トルネコと出会ったんじゃな」

酔いも手伝ってか自分の事を話し始めるメルビン
"ふぅ"と酒を飲み干し 続けた

「勇者になったと言ってくれればワシも一緒に戦ったんじゃが…
 たぶん、迷惑をかけまいとして… 今さら遅いがな
 しかし… 今にして思えば王の言う"勇者の特徴"は所詮伝説に過ぎんかった
 トルネコが勇者だったと知って─ 重ねた年月はなんだったのか…」

勇者の特徴?

「それはな"何人も寄せ付けぬ神々しいまでに厳かな気を生まれながらにして持つ者"だったんじゃ
 ところがトルネコは普通の青年 ワシは無駄な事をつい先頃までしておった事になる」

メルビンの数十年を思うと何も言えない
勇者トルネコの事を知ったとき どんな気持ちになっただろう……

「しかし実の所はな 旅の途中で人懐こく寄ってきたホイミンと旅をするうちに…
 勇者探しが一番ではなくなっていったんじゃよ
 たった一人で生きてきたこのワシにずっとついきてくれるホイミン
 嬉しかった 今まで感じたことのない喜びがあった
 ワシはその喜びの為に この数年生きてきたようなものじゃ」

メルビンにとって守る者はホイミン
皆"守るもの"を持っている…
俺はまだ"守るもの"を持っていない
元の世界へ戻るという気持ちは間違いなく守らなくてはならないのだが─
その事はあまり考えなくなっている
戻らなくてもいいと思ってるわけではないけど…

「あんたはトルネコの呪いを解く方法を探しているんじゃろう 雰囲気でわかった
 …頑張るんじゃよ」
「ええ きっと」

元の世界では暮らしを守るために生きていた
その暮らしを取り戻しに俺は戻ろうとしている…? それさえ今はわからない










●テリーの考え

「若者と語るのは久方ぶりで飲みすぎてしまったわい!」
「ホイミンも飲むんですか?」
「一度飲ませたんじゃがえらく横暴になっての、それ以来飲ませてないんじゃ わっはっは!」

しんみりした話は終わり談笑に切り替わっていた
トルネコもそうだったが聞いていてとても楽しい
テリーはというと黙ったまま 顔は話に合わせ笑うのだが何か考えているようだ


"そろそろ寝るか"と片付けを始めると突然、テリーが口を開く

「メルビン殿 俺に剣術を教えてくれませんか」

突然の話にメルビンが眼をパチクリさせる

「すぐにではなくこの雷鳴の剣を修理してからになるのですが…
 先ほどの手並、一瞬だけでしたがあなたは俺などより遥かに強いと感じた
 ……お願い できないだろうか」

油の無くなりそうな激しいランプの炎が テリーの真剣な表情を際立たせる

「ふぅむ… しかしワシは もう昔ほど動けないんじゃよ
 教える事が果たして出来るかどうか」
「言葉だけでもいいのです あなたからいろんな事を学びたい!」
「…なぜ 剣術を学ぶ?」
「それは 目の前で倒れる人を無くしたいから─ です」

ランプに油を継ぎ足すメルビン
一瞬消えかけた炎が安定した明るさを取り戻し その厳しい表情を照らす

「今すぐ決めてもらおうなんて考えていません
 次会うことが出来たときに…」

深々と頭を下げるテリー
三人に静寂が降りる


静かに燃える小さな炎
手を伸ばせば届きそうな星空 見ていると吸い込まれてしまいそうだ

メルビンが口を開く

「テリー殿 あんたはワシを─
 ワシに黙って何処へも行かないと約束できるか?」
「お約束、します…!」
「……ワシはグランバニアへ向かうから町の周辺を探すと良い
 ただし、本当にどこまで教えられるか保証はないぞ?」
「ありがとう ございます!」

メルビンの言葉にしっかりした返事をするテリー

テリーは メルビンの元で学ぶ事を決めた
トルネコの師 きっと強くなれるだろう

「今日は遅い…
 ワシも長旅が待っておるからもう寝よう 今日は楽しかったよ」

メルビンがそう言いながらホイミンを抱え馬車へと入っていった


「テリー、今後が決まったな おめでとう」
「ははっ めでたい事か?」
「うーん… まぁでも今まで無かった目標が出来たわけだから」
「そうか そうだな」
「俺は どうしようかな…」

器に残った酒をちびりとなめる
僅かな量なのに身体が熱くなった

「お前は呪いを解く旅だろう
 あ、強くなってルビス様に会うってのもあったか…」
「うん まぁ… 正直一人でやっていけるか不安だらけだが頑張るよ
 それから、テリーの判断は正しかったと思うよ」
「トルネコ殿を育てた腕前だ この人につけば強くなれると思った
 ……次会えた時はでも、商人になっているかもしれん」
「似合わないな… そうだったら笑ってやる」
「何を言うか! 強い商人だ!」


"そろそろ寝よう" まだ煙くさい小屋へ入る
ちょっとの酒で酔った俺の身体がもう動けないと勝手に寝転がる

「……なぁタカハシ」
「ん?」
「何か 俺に隠してないか?
 お前から不思議な雰囲気を感じる時があるんだ
 ルビス様の声を聞く事が出来るし強くなる早さも尋常じゃない
 特別な─ 人間だったりするのか?
 時々ひどく悩んでいることもあるし…」
「……」

俺はテリーの真実を言うべきか迷った
ここで言ってしまうとテリーも巻き込んでしまう
いや それより信じてもらえないほうが辛い

「……何も無いよ 俺は普通の旅人だしいろんな偶然が重なってるんだと思う
 強いって言ったって今までが弱かったんだからさ、強く見えるだけだよ
 俺は特別な人間なんかじゃないよ!」
「そうか それならいいんだが…… 何かあったら何でも言ってくれよ?」
「ああ、なんでもないんだ …ありがとうな」
「じゃあもう一つ
 お前は後向きに考えすぎるから根暗に見える事がある それじゃ女に嫌われるしモテないぞ?」
「うっ 余計なお世話だ!」

テリーは気付いている
俺が普通の住人では無いことに─










●フィッシュベル

「ではまたな グランバニアで待っておるよ」
「はい、必ず戻ります」
「タカハシ殿… お前さんとはまたどこかで会える事を願っているよ 達者でな」
「メルビンさんもお元気で… お世話になりました」

本当に また会えると良いな

「じゃあねタカハシ! ボクの事も忘れないで!」
「もちろんだよホイミン、またな!」


馬車が離れていく
少しトルネコを感じさせる人だった

「よし! 食料も水も補給できたし行こう!」

重くなった荷を背負い歩き始める
うまいモノを食べすっかりリフレッシュした身体は軽かった

「ところで、海の魔物はやっぱり魚だったりするのか?」
「魚みたいなのもいるがな、カニや貝の化け物もいるぞ」

貝はともかくカニのでかいのは恐いな
巨大なハサミではさまれたらと思うと…


『ザサッ ザサッ』

「出やがった!」

想像の魔物はすぐに姿を見せた
少し離れた前方に三匹の魔物が壁を作る

「よし… 俺はあの亀を相手にするからお前は残りを頼む」
「わかった」

二手に分かれ魔物を挑発する
最初に動いたのはヘルパイレーツ 俺が相手をする魔物だ

が─ 俺達の目論見とは逆にその長い槍がテリーを突く
面くらい慌てて避けるテリー オクトリーチも続けてテリーへ襲いかかる
砂の上だというのに異常に素早い動きを見せる魔物
残るガメゴンは俺をじっと見ている

じりじりと間を詰めようとするがうまくいかない
逆に間を開けられてしまう

「こいつ… なかなかやるな」

今まで倒した魔物達とは違い頭を使っているようだ
これでは得意な間合いに入り込めない

見えないが離れた所でライデインが地に落ちる音が聞こえた

俺は痺れを切らし突きの構えで足元を蹴る
初見の魔物相手に突きは危険だ─

「ゴアアァ!」

もう一歩で剣尖が届くという刹那
ガメゴンの吹く冷気をまともに喰らう

「クッ…! この!」

弱い冷気だ
細かい傷を負いながらもガメゴンの頭と胴体の間を斬首した


「倒したか」
「大した威力じゃなかったから助かったよ」

薬草を数回噛み飲み込む 苦みが痛みと傷を消していく
ヘルパイレーツとオクトリーチはライデインによって炭になっていた

「ガメゴンは物理攻撃があまり効果ないんだ 弱点である首を良く見極めたな」
「甲羅は硬いだろうし… 正直言うと冷気が痛くてもう一歩踏み込めなかっただけだよ
 本当は尻尾を狙ってた」
「尻尾? なんでまた」
「いやぁ、尻尾持ってる奴はソレがやっぱり弱点なのかと……」
「なるほど まぁ倒せたから善しとしよう まだまだ経験が必要だな」





「ギチギチッギチッッ!」

二人を四方八方から囲み気味の悪い声を出す数十匹の魔物
何体倒しただろう テリーの魔力が無くなってから剣で戦っていた
かれこれ1時間 そうしている

「こいつら…!」

受ける刃が折れてしまいそうな程強い力でハサミを振り回す魔物

「群じゃなけりゃこんな相手……!」

心が緩み 海に入ってしまったのがよくなかった
潮をかき混ぜる音は音速で海中へ伝わりガニラスとしびれくらげを刺激した
倒しても倒してもキリがない こいつらは仲間を呼ぶのだ
すぐそこにある町へ 入れない

「このぉぉ! もう町は目の前だっていうのに!」
「このままじゃまずい… 成功した事のない技だが… やってみるぞ─」

巨大なハサミが俺の背中を殴る
のけぞり 痛みに耐え 身体を翻し巨大な口へ剣を突き刺しそのまま水平に斬り裂いた

ガニラスの身体に外側から傷を付けることは容易では無い 内部から傷付けるしかない
そのガニラスにはライデインがよく効く
あまりにあっさり倒せるためテリーも調子にのり魔力全てを最初のうちに使い果たしてしまった

「そ、そいつはすごい技なのか?!」
「成功すればな! 逃げ道を作るにはこれしかない… いくぞ!!」

テリーが腰を落とすと同時にその足元─
大地に地震のような揺れがズゥンと伝わり その衝撃波は地上の魔物と砂を吹き飛ばし視界を遮る

「うお……!」
「い、今だ走れ!!」

声を合図に舞っている砂の中へ走り込む
前がほとんど見えない が、今しかチャンスは無い

「走れ!! いけ!!」

巻き上がった砂塵が落ち着き周りが見えてくる

「町だ!! あ!?」

振り返ると魔物に囲まれうずくまるテリー
先を走ってたんじゃ?!

「タカハシ! か、構わず行け!」
「なに言ってる!」

町は目の前だったが急いで引き返す
テリーを囲む魔物 ガニラスの群の中にしびれくらげがいる

「麻痺…! 今─」
「メラミ!!」

後ろから声 同時に巨大な炎の塊が熱風と共にガニラス数匹を消し去る
突然の炎に魔物達は混乱し 俺も驚く

「今のうちに!」

声に押され身体が勝手に動き右往左往する魔物の間からテリーを引っ張り出す

「メラミ!! ベギラゴン!!」

グゴォォゴゴゴ… 轟音
あたり一面炎に包まれ魔物を燃やし尽くしていく

「大丈夫?」
「助かった…」
「キアリク! ベホイミ!」

二人に治癒魔法を施す若い女
魔物の群の在った場所にはたくさんの光が現れその亡骸を持ちさっていた
あれだけの魔物を一気に燃やしてしまうとは─

「どういたしまして とにかくフィッシュベルへ入りましょう」

テリーに肩を貸し言われるまま町の門をくぐる

「やっと… ここがフィッシュベル… テリーやったぞ!」

『ドサッ』

「テリー?!」










●賢者メイ

フィッシュベル入口で倒れるテリー
慌てて目の前の宿屋に部屋を借り休ませる

「ふぅ… すまないな」
「大丈夫なのか?」
「さっき逃げる為に使ったあの技だ "地響き"といってな、衝撃が自分にも返ってくるが、強力だ
 上手く出来たのに訓練してなかったからその衝撃を上手く流せなかったよ」
「そんなに強力な技だったのか」
「砂の上だったから魔物に対しての効果は薄れていたがな
 ところで、助けてくれた女は?」

そうだ
部屋に着くまでテリーを支えてくれていたのは覚えているが何時の間にか居なくなっていた
もし旅人だったら町から出ていってしまうかも─

「きちんと礼をしてくる 休んでてくれ」

"頼むよ"とテリー
部屋を出てすぐのロビーへ急ぐ

「いた!」

受け付けで宿屋の主人に何か交渉している女性を見付けた

「お願い! 今これだけしか持ってないの…」
「うーん そういわれてもなぁ 最近旅人も減ってこっちも大変なんだよ」
「なんとかお願いできないかしら…?」
「しかし1Gではなぁ……」

値切り交渉か
しかし1Gってここまでよく旅してきたな…

膠着状態の間に無理矢理入り話しかける

「さっきはありがとう 相方も疲れただけだから大丈夫、何かお礼をさせてほしいんだ」
「あ 一緒の人は大丈夫になったのね? よかった
 困ってる人を助けるのは当然なんだから気にしないで」
「そういうわけにはいかないよ… そうだ!
 宿代で困っている様子だから宿代で礼をしようと思うんだけど」
「え、ああ 見てたのね… 確かに泊まれなくて困ってるけど……」
「命を救ってもらったんだからこれでも足りない 遠慮はいらないよ」
「でも…」

女性の顔には喜びとも困惑ともとれない表情
しばらく考え"じゃあ…"と頷いた

「何泊にする?」
「… あなた達は何日?」
「俺達? まだ決めていないけど」
「そう… あなた達と同じでもいい?」

俺達と同じ?
意味があるのかわからないけど命の恩人だ
それくらい安い

「本当にありがとう! 私は少し用事があるからまた後でね!」
「あ、名前は─」
「メイ、賢者よ 後でゆっくりお食事でもしましょう!」

荷物を抱え足早に部屋へ向かう女性

「俺の名前言うの忘れた…」

まぁ俺達と同じ期間泊まるならまた合うだろうしいいか
とりあえず部屋へ戻ろう


部屋へ戻るとベッドで上半身を起こすテリー 少し回復したようだ

「どうだ? 礼は言えたか?」
「うん 気にしないでって言っていたけど、宿代が無いって困ってたから代わりに出すことにした
 後で食事しようって誘われたよ」
「ほう で、名前は?」
「メイ、賢者だと言ってた」
「賢者だったのか! 若い身空で対したものだ」

驚く程の事なのか?

「賢者は我々なんかより遥かに高い魔力を持っていて 強力な魔法を属性関係なしに扱える
 世界に数人しかいない、魔法の達人だよ」
「そんなにすごい人だったのか! 確かにあの魔物の群を一瞬で焼き払ったもんなぁ…」
「高い魔力を持つ姉も賢者を目指したけどなれなかった
 努力だけでは無い、きっと天性のモノが必要なんだろう」

テリーの姉といえばグランバニアで魔法を得意とする上級兵士
その上級兵士をも上回る魔力

でも、話した感じそんな感じには思えなかった
どこにでもいるような若い女性だ
まぁ俺も人の亊言えないけど…

「俺もまだまだ修行不足だな
 魔物の特性を考えず魔力と体力を使い果たしてしまった…
 あのメイという女が助けてくれなかったらやばかった」
「あれは仲間を呼ばれ続けたんだし仕方がないよ」
「ああ 確かにな…
 ところで俺はまだしばらく動けそうに無い、鍛冶屋は明日でもいいか?」
「うん、今日はもうゆっくり休もう 陽も傾いてきたからどのみち何も出来ないさ」

空いたベッドへ身体を沈める

こうしてゆっくり横になるなんて久しぶりだ
長い時間硬い土や木にもたれて眠るしか出来なかった
このままずっと眠っていたい……

突然、町へ着いた安心感に襲われ瞼が重くなる

「おやすみ…」

寝言のような細い声でつぶやき、俺は眠った










●鍛冶屋カンダタ

「朝だ、タカハシ!」

テンションの高いテリーの声で目を覚ます

「おはよう… もう身体は大丈夫なのか?」
「この通りだ!」

ブンと腕を振り回して見せるテリー

「さぁ、鍛冶屋へいこうじゃないか!」
「おいおい、急かすなよ 準備するから待ってくれ」
「俺はもうずいぶん早く起きたからな 準備万端だ」

なるほど 湯も浴びすっきりした顔
稲妻の剣を腰に携え雷鳴の剣はしっかり抱えている

俺はよろよろベッドから降り手ぬぐい片手に風呂場へ入り湯を浴びる
今回の旅のおかげで起きてすぐ行動出来る特技を体得していた
温かい水に小さな幸せを感じながらゴシゴシと汚れを落とす

「まだか?!」

扉の向こうからテリーが言う

雷鳴の剣が修理出来るのだから嬉しいのはわかるが…
剣が絡むと相変わらず落ち着きを失ってしまうみたいだな

ゆっくりしたいけど、このままではテリーが暴れてしまう
渋々服を着て部屋へ戻るとテリーはそわそわ部屋を歩き回っていた

「よし行こう!」
「ちょ、ちょっと! 俺の準備が出来てないよ」
「手早く頼む」
「町に着いたばかりなんだからもう少しゆっくりしたって…」
「一晩寝ただろう それで十分じゃないか
 とにかく俺は一刻も早くこの剣を直したい」
「はぁ… テリーは剣の事となるとまったく……」

ブツブツ言いながらトルネコメモやらオリハルコンの剣やらを取り出す

「準備できたよ 行こうか」
「よし!」

"待ってました"と勢い良く部屋を出るテリー

「おはようございます、いってらっしゃいませ」

満面の笑みで宿屋の主人が見送ってくれる


フィッシュベルの町は思った通りの漁村
海に面した砂浜へ家が並び 桟橋と数隻の船 並べられた漁具
ライフコッドとは違う潮の匂い
物干し竿には開いた魚がぶらさがり ひらひら汐風に揺れている
見たところ店は市場らしき建物が一軒 とても小さな村だ

「魔物に襲われたら一瞬で無くなってしまいそうだな」
「いやこの町の人間は強いぞ そんじょそこらの魔物など軽く追い払える 元々海賊だからな」

村人が数人 外で家事をしている
男の姿が見えないのは漁に出ているからだろう

家の前に広がる砂浜では"ざざん"と寄せて引く潮
リゾート地として売り込めばかなりの集客を望めそうだ

「なんだ? りぞーと?」
「そう、リゾート …そうか、すまん 妄想だ」

忘れていた ここには存在しない言葉だったか
この世界では俺達むこうの住人の多くが忘れてしまった"自然を自然として享受する幸せ"が日常としてある
どう表現していいかわからないが ある意味人間らしい自然な暮らしだ

魔王に支配されてしまっているのさえなければ、もっといい
平和な時に来たかった……


「たぶんここが鍛冶屋、じゃないか」

想像していた建物とは違い小さな小屋
煙突からは煙があがり 広めの扉の向こうからはガキンカキンと金属を叩く音
外装が周りとは合わない市松模様、だが色は赤白

「落ち着かない模様だな 本当にここか?」
「確かにな、これはちょっとヒドイ でもそれらしい建物はこれしかないから、ここだろう」
「入れば分かるか… よし行こう」

目の前の扉をギギィと開け声をかける

「失礼します」

小屋の中には真っ赤に焼けた髪と巨大な筋骨隆々の上半身裸の男が巨大な金鎚を振るっていた
その側ではしゃがんで殴られる金属を支える男も見える
鍛冶屋で間違いないようだ
それにしても熱い…

「すみません お時間いいですか?!」

鉄を殴る音に負けじと大声で話しかけた

「なんだうるせぇな! 大声出さなくたって聞こえてるよ!」

乱暴な口調 鍛治炭で黒くなった顔を俺達へ向け怒鳴る男

「あ すいません… カンダタさんですか?」
「ああ? そうだよ!」

この男がカンダタか
しかしなぜ怒ってるんだ…

理不尽な対応に困惑しながら話を続ける

「お願いがあるんですが、構いませんか?」
「んだとぉ!? 見てわかんねぇのか良くねぇ!! 後できやがれ!!」

再び金鎚を振るい始めるカンダタ

くっ…!
あまりに酷い対応だが仕方ない 渋々小屋を出る

「本当に腕の良い鍛冶屋なのか? 信じられないな…」
「職人ってのはあんなものだ 適当に時間を潰そう」

とりあえず朝飯目当てに市場へ向かい数歩─

「おまえら! 用があったんだろ、早く来い!」

後ろから硬く大きな声が後頭部へ響く

「え?」
「話を聞いてやる」

後で来いって言ったのはついさっきじゃないか
不満だったが怖いので大人しく鍛冶屋へ戻る
中は相変わらず熱かった


「おう来たな、カンダタだ さっきは怒鳴って済まなかったな
 仕事中は気が立ってしまうんだ そんで、こいつは俺の弟子… 自己紹介しろ」
「バロックと言います 建築家になるため修行中です ちなみにここの外装は私が考えました!」

"素敵でしょう?" 俺達を見るバロックの目がそう語りかけてくる

「あぁ〜 斬新でいいと思いますよ…
 で… 俺はテリー、こっちはタカハシといいます
 カンダタさんにお願いしたいことがあってグランバニアから旅してきました」

"それで?"とカンダタが汗を拭いながらドカリと座る
バロックは"斬新"という言葉に満足気だ

「これを…」

テリーが差し出すのは折れた雷鳴の剣

「ぬ、こいつは… すげぇな…」

手に取り近付け離し光に当てまた近付け剣を観察するカンダタ
それを心配そうに見守るテリー

「この剣を 修理してぇんだな?」
「その通りです ですがそれは魔法剣の上に真っ二つ… 出来るでしょうか?」

再び剣を調べるカンダタ

「…見たところこいつは雷の力を持っているようだ お前、雷魔法使えるか?」
「はい 得意魔法です」
「それなら大丈夫だな お前の魔力を借りることになるぜ?」
「お願いします!」
「よし、やってやろう」

少し見ただけで剣の魔力までも見抜く能力
これは頼もしい
テリーも顔をくしゃくしゃにして喜んでいる

「カンダタさん、これも見てください」
「これはオリハルコン…!」
「そうです この剣を俺に合わせて鍛え直してほしいのです」
「これは、俺がずいぶん前に鍛えた剣だな また拝めるなんてな」
「前の持ち主から受け継ぎました その時にカンダタさんを頼れと」
「トルネコ、だな… あの人の紹介を断るわけにはいかねぇ 鍛え直してやる
 但しこいつは吹き下ろしからやらなきゃなんねぇから時間がかかる」
「お願いします…! 待ちます!」

よかった これで一つ目の目標は達成出来そうだ

「燃えてきたぜ こんなすげぇ剣を鍛えるなんて滅多にねぇからな!」

カンダタの目がギラギラと輝いている
その横でバロックが二振りの剣を食い入るように見る

「んじゃあ、まずは… テリーか、お前の剣から始めるぞ
 このまま放置すると剣自体の魔力が弱くなっちまうからな」
「では! 今すぐにでも…!」

焦るテリー
カンダタは無言で立ちバロックへ指示を出す


バロックによって奥の作業台へと並べられる雷鳴の剣
その横には鉄とも石とも見える小さな塊が三つ
奥の炉では小さな炎がチロチロ踊っている
さっきまでの熱気はだいぶ落ち着いていた

ボーっと立って待つ二人
カンダタが作業台へテリーを呼ぶ

「普通の剣みてぇにただくっつけるだけじゃ魔力は宿らない この"賢者の石"を使うんだ」

そう言いながらその"石"を手に取るカンダタ

「賢者の石… 魔力を持ち回復作用のある不思議な石、ですよね?
 でもその石は世界に一個しか無いと…」
「おう知っていたか だが魔力を持つだけじゃないし石でもねぇ、こいつは魔力を封じ込めることも出来る金属だ
 封じ込めることが出来るから魔法剣の材料として使われてきた
 お前の言う回復作用のある石ってのはベホイミを封じ込めた石だな あれは一個しか存在しない
 他に魔力を持っている金属はオリハルコンしかないがそれは特殊だ」
「じゃあこの雷鳴の剣も…」
「そうだ元は賢者の石だな しかもかなりの魔力を持ったモノを使ってる」
「他の、例えば炎の爪や奇跡の剣、魔法の鎧なども賢者の石なんですか?」

そういえばカンダタは"魔法剣の材料"と言ったな
俺は知らないがテリーの言った武具も賢者の石なのか?

「おう、その中なら炎の爪はそうだな 雷神の槍の刃もそうだ
 ただ、奇跡の剣は違う あれは何か別の力が働いてる
 防具は聞いたことが無い もしかすると誰か造ったかもしれねぇが俺は知らないな
 そもそも俺の専門は剣だけだ」
「なるほど …もしどこかで、賢者の石を見付けられれば雷鳴の剣を複数本作れますか?」

テリーが興味深げに聞く
意図はなんとなくわかる きっと実戦用とコレクション用だ

「いや… 賢者の石はもう手に入る亊はないし魔法剣も新たに造られる事はない」
「ど、どういう事です?」

意外な答えに少し慌てて聞き返すテリー

「賢者の石ってぇのは人の手で創り出されたものだ
 高い魔力と高度な技術で創り出される奇跡の金属と言ってもいい
 魔法剣も同じように高い魔力を持つ職人が賢者の石を使って鍛えたもの
 …賢者の石を創ったのは俺の先祖なんだ
 そして世界にある魔法の力を持つ武器もほとんど俺の一族によって造られた 
 一族は高い魔力を持つ鍛治匠 その技術は代々受け継がれ、俺も知っている」

それならカンダタだって創れるんじゃないのか?

「しかし俺には全く魔力が無い、知識だけだ 親の代ですでに魔力が弱まってしまっていたからな
 実際に受け継ぐことが出来たのは鍛治技術だけだ
 賢者の石の精製技術は門外不出、一族以外に伝えることは出来ねぇ
 その一族も俺で最後だし石はもう創り出せない 当然魔法剣も造れない
 石はここにある三個で最後だ 今回の修理でうまくいけば一個、いかなければ全部無くなるかもな」

という事はここにある賢者の石が無くなったら魔法剣はもう修理できなくなるのか…

「そんな… あ!
 現存する魔法剣を融かしたとしても出来ないのですか? 例えばこの稲妻の剣とか」

俺と同じ心配をしたのだろう 腰に下がる稲妻の剣を抜いて見せる

「お! こいつぁ俺の親が弱い魔力を振り絞ってやっと創り出せた石で造った剣だ
 本人は雷を込めたつもりだがなぜか弱い風の魔法になって名前負けしちまった…
 明らかに失敗作だったのを物好きが買い取ったんだが、まさか再び見られるとはなぁ!
 剣としては一級品だが魔法剣としてはあんまり良くない」

カンダタは少しうれしそうに剣を手に取り振るい、そして言った

「残念だがな 一度魔力を込めた剣を融かして再利用するのは不可能だ
 普通は折れた時点でただの鉄屑になっちまうんだが雷鳴の剣はそうならなかった
 よっぽど良い石と高度な魔力を合わせたんだろう 改めて先祖はすげぇ」

稲妻の剣をテリーに返しながら言うカンダタ

「石が無くなったって剣が元通りになれば俺はそれでいい、気にするな 早速始めるぞ」

炉の炎を大きくするようバロックへ指示し雷鳴の剣を型に押し込み始めるカンダタ

「いいか この石に自分の魔力を入れるんだ
 雷の魔法を放つのと同じように魔力を送りつづけろ、俺が良しと言うまでだ
 そうしたらその石を炉で融かし、再び魔力を送りながら剣の継目に流し込み接合していく
 わかったらさっさとやれ!」
「わかりました…!」

賢者の石を手に取り凝視しはじめるテリー
魔力を持たない俺には石好きの変人にしか見えない

だんだんと熱くなってくる室内
額ににじんだ汗を拭う

「ん? なんだお前まだいたのか! 邪魔だから失せろ、気が散るんだよ!」

俺に気付いたカンダタがとてもひどい事を言う
ずっと目の前にいたのに…

テリーがちょっと気の毒そうな顔で"後でな"と言う
俺はなんだか自分がいたたまれなくなり静かに鍛冶屋を出た

「おれ、客のはずなのに…」

目眩がする程晴れ渡った空の下 言いようのない淋しさに包まれた男がここにいた










●別宴

「なぁこの輝き… 美しいよなぁ…」

カンダタの手に依って復活した雷鳴の剣を掲げ、うっとりとしながらつぶやくテリー
二日間掛け修復された雷鳴の剣を携えこの宿の部屋へ戻ってきたのだ

俺はと言うと、鍛冶屋から追い出された後市場でうまい刺身を食べたり砂浜で物思いに耽ったりして過ごした
いざ一人になってみると何もすることが無い
メイから食事の誘いでもあるかとちょっぴり期待していたのだが、姿すら見ることがなかった

「確かに、折れる前よりも… なんというか輝いてる気がするなぁ」

うっすらと青白い光を放つ雷鳴の剣を見て俺も言う
刀身から溢れんばかりの力を放っているように見える

「だろう?
 カンダタさんが言うには俺の魔力と強い思いが賢者の石の力を最高にまで高めたそうなんだ
 この剣で早く戦いたいなぁ………」

なるほど
テリーの剣に対する思い入れはとても大きかったから─

「そうそう、カンダタさんからの伝言だ
 "明日の朝、村の入口へ来い"と言っていたよ
 いよいよお前の剣も鍛え直すんだな、でもなんで村の入口なんだろう?」
「うーん、たぶん俺の剣捌きを見て修正するんじゃないのかな」
「なるほどなぁ ああしかし美しい……」

伝言を伝え終わったテリーは再び自分の世界へ入り込む

雷鳴の剣は復活した
ということはテリーがこの村にいる理由もない
もう 出ていくのか?

「なぁテリー
 雷鳴の剣も直ったし、お前はすぐに出ていくつもりなのか?」

しばらく無言で剣を見つめた後テリーは返事を返した

「ああ… お前には済まないがメルビン殿を待たせてあるからな
 明日、早々に発つつもりだよ」
「そうか…」

この村に着いたらお互いそれぞれの道を歩む事はわかりきっていた
でもやはり別れは─

外は暗い
部屋の真ん中にあるランプは強い光を宿している

「いよいよ、か…
 ここまで一緒に旅をしてくれてありがとう
 短い間だったけど楽しかったしたくさんの事を学ばせてもらったよ」

少しうつむき、テリーの方は見ずに言う
面と向かって言うのはちょっと照れ臭いからだ

「俺の方こそ、剣を譲ってもらいなにより─」

言いかけた言葉を止めるテリー

「なにより、なんだ?」
「ああ 俺はずっと思っていた
 お前と旅をするのはなんというか宿命だったんじゃないかと、な
 前に言ったよな? お前は他の人と違うと…」
「はは なんだよそれ
 テリーは自分の意志で兵士を止め今以上に強くなろうと決めたんじゃないか
 俺は何も言わないし関係ないと思うぞ?」

そう 俺はたまたまトルネコと出会いテリーと出会い─
全ては偶然だ
この世界は異世界の人間が入ってきたことで何か変わったかもしれないが…

「そうか、まぁそうだな考え過ぎか
 でもお前に出会えたことは感謝しているんだ、礼を言う
 さぁ今夜は酒でも飲んでお互いの今後を語りあおうじゃないか!」

そう言い部屋を出るテリー

明日から俺は一人なんだな
そういえばこの世界で一人きりっていう状態は半日くらいしかなかった
これからやっていけるのか 不安だらけだが─
トルネコを助けたい気持ちは今も揺るがない
助ける術を探す旅が俺の為にもなると信じてる

「酒を持ってきたぞ!
 と言ってもお前はすぐ酔うからこの小さな瓶一つだ」

二人してドカッと椅子に座りお互いの器に酒を注ぐ

「じゃぁ… お互いの今後に乾杯だ!」

手に持った器をコツッとぶつけ一口
木製だからチィンと気持ちの良い音が出ないのがなんとも味がある

「なぁタカハシ
 お互い二度と会えなくなるわけじゃないんだ
 旅をしていればきっと再開できる その時が楽しみだな」
「うん、メルビンさんは旅商人だし俺もあちこちを移動する
 次会うときはテリーを越えるくらい強くなるさ」
「言ってくれたな!
 だがその言葉を聞いて安心した、お前なら絶対強くなれるし一人でもやっていける」

そう また会えるさ
明日で別れるのは確かだけどお互い旅を続けることには変わりが無い

「その時まで… 死ぬなよ
 俺たち二人できっと、魔王を倒すんだ
 交わした約束、忘れないでくれよ」

俺は黙って頷きテリーの器に酒を注ぐ

もちろんだよ、死ぬもんか
生きて元の世界へ戻るんだ

その晩遅くまで語り合いいつしか眠りについていた





朝靄がまだ残る早朝
俺はテリーと共にフィッシュベル入口にいた
テリーはこのまま村を発ちグランバニアへと向かう

「じゃあなタカハシ
 お前とは戦友であり友だ
 また会えることを信じている」
「もちろんだよ」

静かだ
心臓の音がテリーに聞こえてしまうんじゃないかという位に無音
友との別れにしては落ち着いている
短いつきあいだったけどとても濃い日々だった

「よし、じゃあ俺はいくよ」
「元気、でな!」
「お前もな、じゃあまた!」

村の外へ歩いていくテリー
俺はその姿をじっと見送る

テリー
俺は元の世界へ戻らなきゃならない
もしかしたら二度と会うこともないかもしれない
だから…
いや、お互いの目的を見事に果たそう
もしも、出来ることならまた会いたい、な


テリーとの別れ
日が昇りきるまで姿が見えなくなっても俺は見送った










〜 第二部 完 〜