◆IFDQ/RcGKIの物語



Stage.19 望むか、臨むか

----------------- REAL SIDE -----------------


 通話は一方的に切られ、数回の不通音が流れたのち、俺の持つ古い型の携帯は沈黙した。隣ではユリコが不安そうな目で俺を見ている。
「アル君の知り合いなの?」
 そう聞いてきた直後に、ユリコはハッと口に手を当てた。
「もしかして、昨日アル君を襲ってきたあの男!?」
 こういう勘は鋭いんだな。

 と、シャラっと聞き覚えのある音がした。
「まさかご友人を誘拐するとは思いませんでしたね」
 振り返ると、いつもの黄色のシャツに(気に入ってんだろうか)ジャラジャラとアクセをぶら下げたショウが立っていた。
「そろそろ出てくる頃合いだと思ってたよ。ショウ、お前の親父って確かケーサツの偉いヤツなんだよな?」
「そうですよ」
 相変わらずニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべている。腹の底でなに考えてるかイマイチわからないが……
「任せていいのか」
「もちろんです」
 ショウは自信満々に胸を叩いてみせる。だけど、どこの世界も公的機関は小回りがきかねえからな。
「ケーサツとやらに任せてもちゃんと間に合うのか?」 
「この国の警察はなかなか優秀らしいですからね。ロクにこの世界を知らない異世界の人間を取り逃がすことはないでしょう。まして誘拐されたのはどこかのお偉いさんの息子さんなんでしょう? 行動も早いと思いますよ」
「ま、待ってよ! あの、あなたは?」
 戸惑うユリコに、ショウはニコっと笑顔を向けた。
「彼の友達でショウと言います。初めまして、片岡百合子さん」
「アル君の友達って……」
 この世界に、自分の他に俺の正体を知っている人間がいたことに驚いたようで、ユリコは物言いたげな目で俺を見た。そんな微妙な空気をあえて無視して、ショウは俺に対して言葉を続けた。
「彼女の事は心配いりませんよ。すでに片岡家の方には連絡を入れています、間もなく迎えが来るでしょう」
「さすが手際いいな」
「ちょっと、どういうこと?」
 彼女が困って俺の腕をつかんだ。俺は黙ってそっとその手を離させた。
「アル君は……助けてくれないの?」
 ユリコが言う。その時になって初めて気付いたみたいだった。「俺」ならきっと、悪いヤツに誘拐された友人を助けに行ってくれるものだと思い込んでいたんだろう。
 俺が勇者だから? 正義の味方は困っている人間を見過ごしたりできないって?
「それはムリだよ、ユリちゃん」
 俺は苦笑した。
「さっき自分で言ってただろ、『普通』だって。俺はただのガキだよ。剣も魔法も使えないし、仮に使えたところで、それでヘタに相手を傷つけたり殺してしまったら、捕まるのは俺の方だ。ここはケーサツに任せるべきじゃないの?」
「そう……だけど」
 それはなにか違う。ユリコの目はそう訴えている。でも現実は現実、ゲームやマンガじゃあるまいし、そんな「非現実的」なことは起こらない。そうだろ?

 と、スーツ姿の男が二人、俺たちに近づいてきた。ユリコがわずかに身を引く。
「お嬢様、お迎えに上がりました。あなたがご連絡をいただいた八城様ですね?」
「そうです。考え過ぎかとも思ったんですが」
「いえ、ありがとうございます。さあお嬢様、今日は帰りましょう」
 男達の背後の路上には、妙に威圧感のある真っ黒な車が横付けされていた。もう一人、白い手袋をした壮年の男が、後ろのドアを開けてかしこまって待っている。
 まるで貴族専用馬車と、その御者って感じだ。ユリコって本当に金持ちなんだなぁ、と感心して眺めていると、クイっと袖を引っ張られた。
「仕方ないわね、今日はおとなしく帰るわ。ありがとうアル君、楽しかったよ」
「あ、うん。気をつけてな」
「ところで、一昨日かな、公園で声をかけた時すごく驚いてたけど、あの時からもうアル君だったんだよね?」
 言われて俺は思い返してみた。そうそう、確かコンビニで牛乳を買ったがやっぱり飲めなくて、代わりに豆乳のウマさに感動して――タツミに電話した直後くらい、か。
「そうだよ」
 俺が答えると、ユリコは妙にまっすぐに俺を見つめて繰り返した。
「右側のベンチに座ってたんだよね、確か?」
「だったかな……ああ、ゴミ箱をはさんで反対側にもうひとつベンチがあったから、右側でいいんじゃないか」
 なんでそんなことを? と聞く前に、ユリコはもう背中を向けていた。
「じゃあね、アル君」
 ヒラヒラと手だけ振って、彼女はもう未練などなにも無いように、さっさと車に乗り込んだ。

   ◇

「思ったより聞き分けのいい子で助かりましたね」
 ショウが俺の肩に手を置いた。そのままクイと押されて、その方向に目を向けると、さっきの黒い車に負けず劣らずという感じのピカピカのデカイ車が、反対車線に止まっていた。あっちは俺たちの方のお迎えらしい。
「悪く受け取らないで欲しいんですが、あなたの身柄は僕たちが保護させてもらいます」
 勇者が保護されるって、なんだかな。俺は苦笑しつつ、素直にうなずいた。
「任せると言ったからな。ああでも、悪いんだけど先に俺のマンションに寄ってくれないか。しばらく戻れないんだろ? どうしても持ってきたいものがあるんだよ」
「わかりました。あまり時間が無いので、急ぎましょう」
 うながされるままに歩いて、車に乗り込む。続いて乗り込んできたショウは、運転手の男に俺のマンションに行くように指示してから、大きく息をついた。
 すっかり安心した様子のショウに、俺はおかしくなった。
「さっきの、本当は俺に言ったんだろ」
「なにがです?」
「思ったより聞き分けのいい子で助かりました、ってさ」
 俺の言葉に、ショウも渋い笑みを返してきた。
「そりゃそうですよ。あなたがこの期に及んでもまだダダをこねたらどうしようかと思ってましたもん。すんなり応じてくれて助かりました」
「啖呵きった手前シャクだけど、もう俺の手には負えないからな」
 ユリコの気持ちもわからんじゃないけどさぁ――そう俺がぼやくと、ショウはうんうんとしたり顔でうなずいた。
「賢明な判断ですね。やっぱりあなたは頭の切れる人です。ああそうだ……あと、あなたに頼まれて三津原辰巳について調べさせてもらったんですが」
 突然アイツの名前が出てきて、俺はドキリとした。
「正直、入れ替わるには本当に面倒な人間ですよ。まず彼、幼い頃にご両親を亡くしていますが、その原因というのが……」
「ちょっと待ってくれ」
 思わず遮った。
「すまんが、それはあとでゆっくり聞かせてくれ。今はほら、カズの方が心配なんだ。短い間とは言え友達だったしさ」
 そういっぺんに情報を渡されても混乱するだけだ。物事には優先順位というものがある。ショウは一瞬きょとんとしてから、再び笑顔になった。本当によく笑うヤツだ。
「なるほど、勇者らしいですね。優しいというか。じゃああとにしましょう」
 入れ替わるには面倒な人間……か。まあそれはこの数日間で痛感しているが。
 そうこう話してるうちに見慣れた風景に戻ってきた。こんな車で乗り付けたところを伯母さんに見られたら厄介なんで、車はマンションから見えない位置に停めてもらう。
「あとさ、念のためついてきてくれるとありがたいっつーか……」
 あの伯母さんだからなぁ。またなんかあってヒステリー起こされたら、俺対処する自信ねーもん。
「はいはい。なんか急に頼られるようになっちゃいましたねw」
 とか言いつつショウはついてきた。ちょっと玄関の前で待っててもらい、俺だけ中に入った。

 室内には人の気配がしなかった。伯母さんは出かけているようだ。テーブルの上に俺が出がけに置いていったメモがそのまま載っていたが、よく見ると隅っこに別の字体で「買い物に行きます。夕方には戻ります」と書いてあった。
 普段ならいちいち書き置きなんてしないタイプだと思うが、きっと昨日のことを気にしているんだろう。どうやらあの伯母さんも、心の底からタツミのことを嫌っているわけじゃなさそうだ。
「ほんと、複雑な人間関係だよなぁ」
 タツミの自室に入る。テレビ画面の中では、タツミたち一行は女海賊のアジトに来ていて、なにやら問答していた。ま、パーティメンバーに黒い騎士――『東の二代目』が入っているので、何が起きてもよっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
 携帯、今なら通じるかな。今だけは通じて欲しい。
 
 プルルルルルル! プルルルルルル! プル……
 
『はいはーい、どした? なんか困ったのアルス』
 この野郎……。今まで散々シカトぶッこいてたくせに、その普通の応答はなんだ。
「どした、じゃねえよ。今朝から何度もかけてたんだぞ。そんなにあからさまに無視することないだろ」
 俺がそう言うと、携帯の向こうでタツミはウッと言葉を詰まらせた。だってこいつと会話するの、昨日の夜以来だからな。俺がゲームで何度も冒険を繰り返して嫌になったって告白したあと、「それでプレイヤーを犠牲にして入れ替わるなんて八つ当たりだ」とこいつにマシンガンの如く責め立てられて終わったままだ。
『そ、そうだよね。ごめんね、いろいろ立て込んでたんだ。無視して悪かったけど、ほら、そっちとは時間の流れが違うだろ? ちょっとくらい大丈夫かなって思ってさ』
 なにやら必死に取り繕っている。俺はその態度も納得できないのだが。
「なあタツミ。お前、なに考えてる?」
 しどろもどろと弁解を続けるタツミを遮って、俺はストレートに聞いた。
「昨日お前が言ったことは全面的に正しいよ。お前はただ、ちょっとしたヒマ潰しに親にプレゼントされた古いゲームを楽しんでいただけなんだ。そのゲームのキャラに逆恨みされて、立場を奪われるなんて理不尽はないよな」
『……どうしたのアルス? なんか変な物でも食べた?』
 通話口の向こうで、タツミはマジメに心配してるように声を低めた。俺は無視して言葉を続ける。
「だけどお前はどうも、俺のことを嫌ってるわけでもないみたいだし。昨日のアレだって本音じゃなかったろ? お前がなにを考えてるんだか、俺にはわかんねえよ」
 少し間があった。
『うーん……あのさアルス、前々から言おうと思ってたんだけど。君ちょっと、物事を深刻に考え過ぎじゃない?』
「――はぁ」
 思わず気の抜けた声が漏れた。なんだそりゃ。
『やっちゃったもんは仕方ないんだから、グダグダ悩んでないで楽しめってこと』
 タツミはまるで、ポンと背中でも叩くように気軽な言葉を投げてきた。
『君が最初に言ったんだよ、これはゲームだって。だから僕はクリアに専念することにしたし、勇者なんて夢みたいな立場もそれなりに楽しんでる。ゲームってのは楽しんだ者勝ちだろ? そもそも、それくらいのゆとりが無きゃ勝てる物も勝てないっしょ』
 確かに今の俺にはゆとりなんて無いと思うが。
『ま、僕がクリアするまでは "三津原辰巳" の名前を預けてやるから、それまでアルスも好きにしなよ』
「ちょ、おま、それでいいのかよ!」
『うん。だってゲームなんだし』
 おいおい。お互いに一生の問題がかかってるはずなんだが。
 
 ……なんか悩んでるのがバカらしくなってきた。

「なーにがクリアするまでだ。お前こそ、これからの勇者生活がもっとラクになるように頑張っとけ。どうせもう二度と帰れないんだから」
『うーわ、なんかこいつ急にヤル気になってるしー』
 携帯の向こうでタツミは吹き出した。まるで普通の友達とくだらない話で盛り上がっているみたいに。ホントうちのプレイヤーはなに考えてるかわからん。
「あー……タツミ。俺これからちょっと出かけるが、しばらく連絡が取れなくなると思う。今はレイと一緒なんだよな?」
『そうだけど』
「面倒ごとはなんでもアイツに押しつけて、お前は無理すんなよ。いいな」
『およ? えーと了解。じゃあそっちも気をつけてね』
「ああ。またな」

 携帯を切る。
 ひとつ深呼吸した。
 それから俺はすぐ玄関に行き、隙間から顔だけ出した。待ちくたびれた様子のショウがホッとしたように声をかけてきたが、
「すまん。もう5分だけ待っててくれないか? ホント悪い」
 俺は申し訳ない顔を作って拝むように手刀を立てた。室内を気にするように振り返ってみせると、ショウは納得してうなずいた。
「ああ、彼女まだ落ち着いてないんですか。僕が行きましょうか?」
「今はかえってお前が出ない方がいいと思うんだ。面倒なことになってるわけじゃないんだけど……」
「いいですよ。こうなったら焦っても仕方ないですから」
 ふわりと笑って、「でもあと10分くらいでなんとかしてくださいね」とまた横の壁に背中を寄りかからせる。俺はもう一度「悪いな」と謝ってから、ドアを閉めた。
 そして今度は――ゆっくりと、外に聞こえないよう静かに鍵を掛けた。
 
 こうして一度顔を見せておけばショウも安心するだろう。自分で言ったとおり、あと10分くらいは律儀にあそこで待っているはずだ。靴を持って、ベランダに出てから履き直す。ゲーム機の本体を押収されたら厄介だな……とは思うが、これはどうしようもない。その時はその時だ。
 ひらりとベランダの柵を飛び越えた。4階程度なら「移行」が完了していない今の俺でも平気で降りられる高さだ。場所は直接あのサイコ野郎に電話で聞くとして、移動手段は、慣れないうちはタクシーを捕まえた方が早いってショウが言ってたっけな。
 走り出そうとして、ふと目の前の公園を見て思い出した。去り際のユリコのセリフ。俺と出会った時のベンチの位置をやたら気にしていたっけ。
 周囲を警戒しつつその場所に行ってみると、思った通りベンチの下になにか置いてあった。紫の布に包まれた細長いもので、持ってみるとずっしりと手に重い。口ひもをほどいて中を覗いてみると、金で装飾された柄(ツカ)と、それに続く長柄の鞘が見えた。
 俺が使った、あの日本刀だ。
「こんなとこに置いといたらアブねえだろうがw」
 やっぱ期待されてるらしい。
 
 ずっとイライラしていた。煮え切らなくて、決意しきれなくて。自分がこんなに優柔不断で、覚悟の決まらないヤツだとは思わなかった。しかも情けないことに、今でもいろいろ迷ってる。だけど。
 
 好きにしなよ。
 
 その一言が、俺の中でくすぶっていた物をみんな吹き飛ばしてくれた気がする。
 まあ行くだけ行ってみるか。ゲームは楽しんだ者勝ち、らしいしな。






----------------- GAME SIDE -----------------



「んもうっ、彼ってば意外とナイーブだったのね☆」

 ……………。
 いや、やっぱアレはちょっと、言い過ぎた……かな。
 
 通話を切ってから、僕は深く反省した。
 アルスなんて強気でワガママで俺サマ全開なタイプだと思ってたから(第1話を参照してください)、まさかあんなに気にしていたとは意外だった。
 まあこっちもつい勢いでっていうか、あれが本音ってわけじゃなかったんだけどね。それはアルス本人も最初からわかってくれてたみたいだけど……。
「あれ? でもなんで『本音じゃない』ってわかってたんだろ」
 電話で話しただけなのに、そこまでわかるもんだろうか。

 まあいいや。最後はなんだか元気になってたみたいだし、大丈夫だろう。こっちもそれどころじゃなくなりそうだしね。
「おーい勇者様、もういいッスか?」
「あ、今戻るからー!」
 僕は携帯をポケットにねじ込んで、急いで建物の陰から表へと出て行った。そこにはいつものメンバーの他に、屈強な海の男共が数十人、2組に分かれてバチバチと火花を散らして睨み合っている。
 一方の組は、僕らがいつも航海でお世話になっているリリーシェ号の乗組員さんたち。もう一方は、女海賊ジュリーさんが率いる海賊さんたちだ。剣呑な空気を漂わせている面々の間で、レイさんとジュリーさんだけは妙にのほほんとした様子で、やれやれと肩をすくめている。
「で、結局どうなったのかな?」
 話の途中でマナーモードの携帯に着信があったので適当にごまかして場を離れていた僕は、エリスのそばに行って小声でこれまでの経緯を聞いた。エリスは困った様子で、耳打ちするようにして教えてくれた。
「進展はありません。とにかく、ただでは渡せないの一点張りですね」
「そうか、それは困ったね」
 どうやら今回も簡単にはいかないみたいだ。

 アリアハンでの悶着が一段落したあと。
 アルスの実母のサヤさんにもしっかり謝って許してもらってから、僕はみんなと次の目的地をどこにするか話し合った。そこでレイさんから、
「じゃあその『最後の鍵』というのを『北の浅瀬』に取りに行くんだね? だったら私のルーラでジパングに飛べば早いんじゃないかな。あの国は変わっていて面白い所だよ」
 というすんばらしい短縮ルートをご提供いただいたので、お言葉に甘えることにした。
 ところが! そう決まりかけたところで、
「長い航海しなくていいのは助かりますな。海には凶悪な魔物や海賊が出ますし」
「でも最近は、海賊に襲われたって話はほとんど聞かないッスけどね」
 とロダムとサミエルの何気ない会話に、再びレイさんが一言。
「それはたぶん、南海一帯を縄張りにしてるジュリーが方向転換したからだろうね」
 などとこれまた大層なコネをあっさり披露してくれたことから、流れが一転した。
 世界的に有名な大海賊「ジュリー海賊団」のお頭ジュリーさんは、実はサマンオサ出身で、同郷のよしみからレイさんとは数年前からの親友なのだそうだ。
 それなら先にレッドオーブを回収してしまう方が効率がいい。海賊が根城にしている島はルーラ除けの術がかけられているので船で向かうことになるが、そのあと一気にジパングに飛べばかなりのショートカットになる。ホント頼りになるわぁこの人。
 
 ……しかし、星の巡りはそうそう良い方にばかりは転がらず。
 僕らのリリーシェ号をまとめるモネ船長は、その昔ジュリー海賊団に襲われて、思いっきり返り討ちにしたことがあったんだとか。しかも降参して逃げ出そうとしていた海賊さんたちを逆に散々追い回して、かなりこっぴどくやり込めたらしい。
「いくらお頭の命令でも、俺たちゃただでは協力できやせんぜ! こいつにいったい何人殺されたか、忘れもしねえ!」
 と息巻く海賊さんたちに、うちのモネ船長も負けじと怒鳴り返す。
「うるせえ、そういうのは逆恨みってんだ! ガタガタぬかさねえで黙って勇者様にレッドオーブとやらを差し出しゃいいんだよ! ブッ殺されてえか、ああコラ?」
 ……船長、これじゃどっちが海賊かわかりません。

「止しな! あん時はあたいらが弱かった、それだけだろ。ましてこっちが仕掛けたんだ、これ以上恥をさらすんじゃないよ」
 凛としたジュリーさんの声が、海賊たちの騒ぎを一瞬で鎮めた。
 と、モネ船長が一歩前に出て、少し屈むようにしてジュリーさんの足下を見た。つられてよく見れば、長いマントの隙間から見える彼女の左足は、ひざから下が無く杖のような棒状になっている。
「おめえ、その足はどうした」
「ああ、あの時やられた傷口から腐っちまってな」
「むぅ……そうか。俺もまさか、女とは思わなかったからな」
 今度はモネ船長が黙り込んでしまった。いくら相手が海賊とはいえ、女の人を傷つけてしまったのはバツが悪いのだろう。さっきまで威勢の良かったリリーシェ号の船員さんたちもなんだか勢いを無くしてしまって、妙な雰囲気になっている。
 
 パンパン! と手を鳴らして、レイさんが間に立った。
「モネ船長、ジュリー、とりあえず過去のことはお互い様ということでいいかな?」
「あたいは最初からそう思ってるよ」
「まあ、お互い様だぁな……」
 モネ船長もうなずいた。
「ではレッドオーブについてだが、確かにただでというのは申し訳ない。かと言って誰かの命や、必要な路銀や船を差し出せと言われても請けかねる。普通に考えて、我々にできるところで手を打ってはくれないだろうか。ただし我々は『勇者一行』だ。それなりの要求には応えられると思うが」
 さすがレイさん。どちらかというと話し合いが苦手そうな人たちばかりだから、こうやって要点を整理して簡潔にしてあげるのは大事だよね。
 最初に口を開いたのはジュリーさんだった。
「じゃあ、サマンオサをなんとかしてくれないか」
「サマンオサですか?」
 エリスが聞き返すと、ジュリーさんは首をかしげた。
「おや、レイから聞いてないのかい。あの国は今ひどいことになってるんだよ。王様が急に人が変わったみたいになっちまってさ。うちにも、あの国で生きられなくなって流れて来たカタギの奴らがかなりいるんだ」
 お陰で一度は壊滅しかけたジュリー海賊団が、数年で立ち直ることができたんだがね。とちょっと皮肉っぽく笑ってから、彼女はまじめな顔になった。
「あたいらは陸(おか)のことに関わらない主義だが、あの国の変わり様は妙だ。魔物が裏で手を引いてるんじゃないかと思ってる」
 鋭いね。さすが女だてらに海賊のアタマは張ってない。
 しかしまさか、ここでこの話が出るとは……。
「さっき言った通り今はカタギの連中が多いから、うちもあんまり斬った張ったはやらせたくないんだ。普段は漁をやって暮らしてるし、商い船の護衛もけっこういい金になる。だけど海の魔物は日に日に凶暴になって、あたいらも困ってるんだ。魔王ってやつが元凶で、それを倒そうとしてるあんた達が必要だと言うなら、レッドオーブだろうがなんだろうがくれてやるつもりでいたよ。このバカ共が騒いじまって、すまなかったね」
「ジュリー……」
 呟いたモネ船長に、ジュリーさんはニッと格好良く笑って見せた。
「そのついででいいから、あたいの故郷をなんとかしてくれるとありがたい、って話さ」

   ◇

 ジュリーさんからレッドオーブを受け取り、僕らはいったんリリーシェ号に戻った。
 気持ち良くレッドオーブを渡してくれた彼女のためにも、できれば先にサマンオサの問題を片付けてしまいたい。この海賊島にルーラできないことを考えると、あとからまた来るのに、ジパング→最後の鍵→ロマリア北西のほこら(旅の扉)→サマンオサ北東のほこら、とかなりの時間を待たせることになる。誠意を見せるためにも、できるならさっさと取りかかった方がいい。
 割り当ての船室にメンバーを集め、僕はテーブルにお手製の地図帳を広げた。
「話には聞いていたが、大したものだな。こっちがサマンオサの南の洞窟かい?」
 レイさんが洞窟のマップが書かれた巻物を手に取った。僕がロマリアで王様やっていた時に、羊皮紙より高価な紙を贅沢に使いまくって徹夜で書き起こしたものだ。
「うん、ここにいるメンバー以外には絶対に内緒にしてね」
「そうッスよレイさん。でないとまた勇者様がさらわれてしまうッス」
 いけしゃーしゃーと述べるサミエルに、
「あなたが言う事ですか!」
 とエリスとロダムが声をそろえてツッコミを入れた。彼が口を滑らせてくれたお陰で、僕がカンダタにさらわれたのだから当然だ。
「確かに君のこの知識は、ちょっとでも腕に覚えがある者はノドから手が出るほど欲しがるだろうね」
 その通り。僕はこの世界の主要な建物や洞窟内のマップ、宝箱やトラップの位置をすべて記憶している。当然それを悪用しようとするやからも出てくる。
 以前、エリスたちにロマリア国王の冠の奪還を頼んだ時。シャンパーニの塔でみんながあまりに早く最上階に到達したため、カンダタ一行は逃走の準備が間に合わずあえなく捕まってしまった。なぜだぁ〜と嘆くカンダタに、うちのサミサミってばつい僕のことをしゃべってしまったのだ。
 そこでカンダタは一計を案じ、バハラタで僕が一人になった隙を突いて拉致ってくれやがったのである。本当にあの時は、エリスたちの到着があとちょっと遅かったら僕はどうなっていたかわからない。ぶるるっ。
「まあそれは置いといて。国状を考えると、正規ルートでの入国は厳しいよね」
「それはジュリーさんが部下に抜け道を案内させるとおっしゃっておりましたな」
「船を隠すのに丁度いい入り江も、近くにあるそうッス」
 ふむ、入国に関しては問題ないか。
 ――残る問題は1箇所。
「サマンオサの城の中で、この扉だけでいいんだ、なんとかならないかな」
 最後の鍵が必要となる扉が、王の寝室までのルート上にひとつだけある。ここさえ通過できれば、サマンオサ周りのイベントは今の時点でクリアできてしまうんだが……。

「この扉が開けられればいいんだね? ふむ、それくらいなら――」
 レイさんが城内の見取り図を指差して言った。「東の勇者」と謳われたサイモンさんを慕う人たちは今でもたくさんいる。うまく渡りをつければなんとかなるだろう、と。
「お願いします。僕らは先に、こっちの南の洞窟から『ラーの鏡』を取ってきますので、レイさんは城内に忍び込むための算段を付けておいてください」
「了解。でもサマンオサ周辺は強いモンスターが多い。失礼を承知で言うが、君たちだけで大丈夫かい?」
 む……痛いところを突かれたな。
「正直なところ、レイ殿には同行していただきたいですなあ」
 ロダムも神妙にうなずく。時間をかけたくないから、できれば二手に分かれて同時進行したいところなんだけど。
 僕らが黙り込んでしまうと、レイさんが何か思いついたように、顔を上げた。
「それなら、私の代わりをサミエル君かロダム殿に頼めばいいんじゃないかな」
 そう言って急に立ち上がると、黒衣のマントをひるがえして腰に差している剣をサヤごと抜き出した。すらりとサヤから抜いて見せる。彼女が普段使っている背負いの長剣とは別物で、特に凝った意匠でもない片刃の剣だ。
 だが。
「……え?」

 見た目は凡庸なその剣の――役割の、大きさは。
 
「まさかそれ、ガイアの剣じゃないの!?」
 思わず叫んだ僕に、レイさんは感心したようにうなずいた。
「さすが、よく知ってるね。私が父から受け継いだ由緒ある名剣だよ。委任状の代わりにコレを持っていってくれれば、私がいなくても信頼してもらえるだろう」

   ◇

「ごめん、ちょっと考えることができたんだ。少し一人にさせてね」
 みんなに断って、僕は船内の自室に閉じこもった。ベッドに転がって目を閉じる。

 参った。
 まさかここで、あんなブッ飛んだショートカットが出てくるとは思わなかった。アレが手に入るなら、まさにこれから行こうとしていたサマンオサも、グリンラッドのおじいさんところも、幽霊船も、湖の牢獄も、すべて無視してしまえる。
 そもそも、サマンオサのイベントは「できるならすっ飛ばしたい」というのが僕の本音だった。ここの中ボスであるボストロールを倒して得られるのは、実戦ではなんの役にも立たない「変化の杖」。グリンラッドのおじいさんに「船乗りの骨」と交換してもらうための引換券でしかない。だったら一人暮らしの寂しいスケベジジイを口八丁で丸め込んだ方が早くね? とか密かに企んでいたのだ。

 だけど――僕はジュリーさんにサマンオサのことを頼まれた。勇者として。
 レイさんにだってこんなにお世話になっているんだから、湖の牢獄にいるサイモンさんに再会させてあげたい。僕でなければ、彼女をそこへ導くことはできないのだから。
 
(悩む必要なんか無いだろ、まずはネクロゴンドに向かえ。レイというチートキャラがいるうちに、一番の難関をさっさと攻略してしまうべきだ。そのあとジパングでオロチ退治まで手伝ってもらえればしめたもの。使えるうちに使い倒しておけばいいじゃないか)

 ――頭の中で、もう一人の僕がそう囁く。
「どうしよう……」
 枕にバフッと顔を埋めて、僕はしばらく悩んだ。