[] [] [INDEX] ▼DOWN

◆u9VgpDS6fgの物語

アルカパ[10]
ビアンカは怯まなかった。
きっ、と意志の強い瞳でボスを睨み付けると、『なめんじゃないわよっ』と鞭を翻す。
負けじと俺も手にした武器を叩き付けた。鈍い音がしてボスの体がよろめく。
『ヒィヒヒ、やってくれる』
再度呪文の詠唱に入るボスより僅かに早く、ビアンカが叫んだ。
炎の塊が空を切り、ボスの顔面に吸い込まれる。
ギャア、と嫌な悲鳴が雷鳴に掻き消える。ボスはまだ倒れない。
ローブの奥まで切り裂くように俺は力を込めて武器を振り下ろすが、
致命傷を与える前にその腕に振り払われた。
間髪いれず追ってくる一撃を避けきれず、俺は固いタイル張りの床に叩きつけられる。
『この餓鬼共がァ!やってくれるじゃねえか!』
ボスがもう一度何か唱えた。
今度はテラス一面を覆うような大きな炎が、俺達を包む。

がくん、と、膝が落ちるのが自分でもわかった。
辺りには埃の焦げたようなすすけた匂いが立ち込めている。
俺より少し前方に、一瞬尻を着いたビアンカが身を起こしまた駆け出すのが見えた。
反射的に俺は呪文を唱える。
ビアンカが振り返り『ありがと』と言った。
攻撃呪文のように目に見える効果がわからないから心配だったが、
回復呪文はちゃんとその効果を発揮したようだ。
ビアンカの持つ鞭が天に大きく翻る。

振り下ろされるボスの鋭い爪先をひらりとかわすビアンカの姿を確認しながら、
俺はもう一度呪文を唱えた。
体の痛みがすう、と引き、俺は武器を取り立ち上がる。

『餓鬼共が!餓鬼共がァ!』
ボスの余裕が徐々に失われていくのが、手に取るように解った。
ゴーストのボスは決して強い敵ではなかった。
その表情に不安が過り、次第に攻撃も精彩を欠いていく。
ビアンカの放った炎がもう一度ボスの体にぶつかり、
とうとう尻をついたボスの眼前に俺は
止めを刺そうと自分の武器を振り上げた。

『ヒイィィ!わかった!もうやめてくれェ!』
武器を振り上げた姿勢のまま、俺は動きを止めた。
ビアンカが『なにしてるのよ!』と背後から叫ぶ。

顔の前に両手を掲げ、顔を伏せたままボスは
『もうこの城からは出て行く!だから助けてくれェ』と
まるで情けない声で懇願の悲鳴を上げている。
顔周りが焼け落ち、ところどころ切り裂かれたローブが痛々しげにボスの体を覆っていた。
俺は掲げていた武器を下ろす。
『サン、目的を忘れたの?そんなやつ、やっちゃいなさいよ』
ビアンカが明らかに怒った声で言った。ボスが再びヒィ、と泣いた。

『頼むから見逃してくれよ・・・。約束する、もう俺達ァこの城からは出て行くからよォ』
ぼろぼろのローブからはみ出た両腕を必死で振りながら、
ボスは俺とビアンカに交互に泣きついた。
ビアンカはそれを半ば呆れたような目で見下ろしている。

『あんた、自分のしたことがわかってるの?今更そんな事言われたって許せないわよ!』
武器を振おうとするビアンカにボスは悪かったよ!と叫んだ。
『俺達ァ楽しく暮らしたかっただけなんだ。
魔界の仲間にも、幽霊の仲間にも疎ましがられちまってよォ』
当然だわ、と冷たく言うビアンカにボスは情けない声で『この城は誰も寄ってこないしよ、
王様気分でちょっと楽しみたかっただけなんだ』と言った。

『頼むよ、もう悪さはしねえ。ここから出て行けばそれでいいだろう?』
『どうする?サン』
顔を上げたビアンカに、俺は逃がしてやろう、と言った。
『本気なの?信じられないわ!サンってお人好しよね』
今度は俺に向かって呆れた表情を作り、
仕方なさげにビアンカは腰に手を当てると、ボスの方に向き直った。
『行きなさいよ』
渋々と言った声色に、ボスはへっへっへ、と笑い
『ありがとうよ。あんた立派な大人になるぜ』言いながら立ち上がると、
長いローブをばさりと翻した。

瞬きする間もなく、ボスの姿は消えていた。
始めからこうやって逃げればよかったのに。
と思ったけれど、ゲームの世界のルールなんだろうなとぼんやりと俺は納得した。

いつの間にかあれだけ煩く鳴き続けていた雷は止んでいた。
城を包んでいた重く息苦しい空気が和らいで、月明りが切れ切れの雲間から世界を照らし始めていた。
ゆらりとあの暖かい空気が俺達の周りを包んでいた。
王の気配を感じ見上げると、薄い雲を払って顔を出した月と、
穏やかに微笑む王と王妃の姿が見えた。
二人はゆっくりと空を歩き、それぞれに俺とビアンカの手を取った。

浮遊。

世界の理に囚われないその二人の影響か
俺達の足は地面を離れ、ふわりと空中に浮いていた。
手を引かれ、王と王妃の眠るべきバルコニーへと誘われる。

墓石の前に足を着くと、王は俺の手を離し『よくやってくれた。礼を言う』と微笑んだ。
『本当に、感謝します。これで穏やかに眠れそうです』
王妃も王と良く似た笑顔を浮かべ、俺とビアンカの瞳を目を細めて見詰めている。
『城内の者達も、眠りについたようだ。さあ、おまえ。我々も行こうか』
『ええ、あなた』

淡く輝いていた二人の体が、一瞬、更に暖かな輝きを放った。
王が王妃の肩を抱き、王妃は寄り添うようにその腕に体を預ける。
『そなた達のことはきっと忘れまい。本当にありがとう』
嬉しそうに微笑む王妃の笑顔と、王の声が、白い光に包まれていく。
そして少しの余韻を残して、夜の闇に消えた。
最後に墓石が惜しむようにこつり、と音を立てた気がした。

『これで二人は幸せに眠れるのね』
ぼんやりと、今見た光景を刻み付けるように目を閉じて、ビアンカが言った。
ことりと、もう一度墓石が鳴いた。
『・・・何かしら。なにかあるわ』
目を開けたビアンカが墓石を見下ろす。
子供の掌よりも大きな、月光に金色に輝く大きな宝玉が、
王の墓の前に供えるように置かれていた。
ビアンカがそれを手に取り『お礼かしら』と笑った。

手を繋いで夜の道を戻る。
城内にあれだけいた幽霊や魔物は、すっかりとその姿を消していた。
城門をくぐり草原へ出る。
ざわりと風に靡く草花は、入る前のそれと同じ筈なのに、何故か何処か違うもののように思えた。
魔物の気配ももうしない。モンスターも寝るのかしら、とビアンカが言う。
不意にビアンカが俺の手を離し立ち止まった。歩を止め振り向くと、草原の真ん中。
城門の見える位置でビアンカがしゃがみ込んでいる。
『あたし、今日沢山モンスターを殺したわ』
一歩、少女の下へ踏み出しかけた俺に、ビアンカは呟いた。
少女の見下ろす地面に、つい数時間前戦った、小さなモンスターの爪あとがくっきりと残されていた。
『猫ちゃん・・・』
その両の手を顔の前で組み、ビアンカは目を閉じた。
その整った顔立ちの向こうに、快感や優越はもう、見えなかった。

俺は今後にしたばかりの大きな城を見上げた。
暗闇の象徴のように感じたその城は今は、月明りの中、
世界を見守るように、静かに穏やかに佇んでいる。
[] [] [INDEX] ▲TOP

©2006-AQUA SYSTEM-