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暇潰し◆ODmtHj3GLQの物語

〜Jacob's Dreame〜[2-24]
「ま、待てっ!」

震えた声。
クルエントは横目でその主を見る。
ソールだ。

「もうやめろよ…何でこんな事するんだよ……」

立ち尽くすソール。
彼はフォルテを湖から引き上げ、アヴァルスを倒したが、
フォルテの息は既になく、フィリアとジュードは毒で弱っていき、
女王が戦い敗れるのをただ見ているしかなかった。

「絶望したか? 少年」
「フォルテはいい子だったんだ。女王様だってきっとそうさ…」
「会いたいならすぐにあの世へ送ってやろうか?」
「殺したのはお前だろ?!」

そのセリフが面白かったのだろうか。
クルエントは声に出して笑った。

「好きだったのにっ……」

悔しい。
握りしめた拳が痛かった。

「とぉーっう!!」

その時、疾風のように全速力で部屋に突入してくる者が一人。
どこかのヒーローよろしく掛け声を発しながら登場するアホっぷりだ。
しかも背後からクルエントに綺麗な跳び蹴りをかますオマケ付き。
そして吹き飛ぶクルエントをよそに着地も完璧にこなす。

漫画なら、シュタッ! と擬音が付けられただろう。

「はっはっはー!! 真理奈ちゃん参上ーっ!!」

さらに背景に斜線で強調線を書き加えなくてはいけないようだ。
ビシッ! と敵に指を突きつけ、ポーズまで決めてしまった。

「助けに来たよ〜♪」
「ピィ〜!」

真理奈の背負うバッグの中からブルーが飛び出し、元気良く跳ねる。
ブルーの口に薬草などの道具が入った皮袋をくわえさせた真理奈は、
ソールに向かってブルーを放り投げた。

「フィリアちゃんとジュードよろしくね!」

ぽかーんとしたままブルーを受け取るソール。
皮袋の中身があればジュード達は大丈夫だろう。
ピィピィと鳴きながらソールに看護するように促すブルー。
訓練された犬のようにキビキビと動くブルーは、飼い主に似ず頭が良いのかもしれない。

「はぁはぁ……元気じゃのう……」
「女王様!」
「女王……」

そこに遅れてパトリスも到着する。
その後ろからはエルフが何人も顔を見せていた。
意識を失い倒れている女王を見るなり、エルフ達は悲痛な表情を見せた。
女王のもとに今にも駆け出しそうなのをパトリスが手で制す。
その視線の先にはクルエントが立ちはだかっていた。
近寄らせない、と言わんばかりに。
デザートがおあずけになったのだから不機嫌なのは仕方ないかもしれない。

「貴様らは何故私の邪魔をする」
「だってどう見てもアンタ悪モンじゃん。
 悪モンは正義のヒーローにやっつけられるって決まってるの、知らないの?
 アンタはそういう運命なの。それに…」

真理奈も女王の姿を見て悲しげに目を細めた。

「私もエルフが好き。それだけ」
「好き? それが何だと言うのだ」
「関係無いのが何さ。だいたい私はこの世界の人間じゃないんだ」
「おかしな事を言う! ならば引っ込んでいろ!!」
「違うから出来る事だって…あるんだっ!!」
「人は同じでなければ分かり合えない」
「だー! もううるさいな〜私はそういうツマラナイ話はキライなんだよぅ!
 理屈よりも勝負!
 どっちが正義か決めようぜ!」

清々しいまでの潔さ。
彼女のペースに誰もが引き込まれてしまう。
それは一種の魅力と言っていいだろう。
ニカッとしたその笑顔の何と純粋な事か。

「くくく。お前が正義ならそれでもいいさ」

クルエントがすぅっと息を整える。
理屈好きこそ単純なものに心を打たれ易い。
もはや彼に真理奈と戦う理由は無いのだが、
真理奈の卑怯な不意打ちも、それまでの戦いの疲れも忘れて、
クルエントは彼女との勝負に臨もうとしていた。
そうさせる力を真理奈は持っていた。

「真理奈」

パトリスが声をかける。
場の状況から敵の力は相当なものだと推測したからだ。
しかし真理奈は助けはいらないとピースで返事をして、敵に向き直る。

そして真理奈はカザーブで元の姿に戻った鉄の爪を取り出した。
いや、元と言うよりは新しく生まれ変わったと言うべきだろうか。
右腕に装備し、指を開いたり閉じたりしてその感触を何度も確かめる。

(う〜ん! イイ感じ!)

初めて鉄の爪に触れた時には不思議と懐かしさを感じた。
そして今鉄の爪を装備した感覚は、それと似ているようで異なっていた。
一度折れてしまった鉄の爪を再び甦らせた真理奈は、
かつて無いほどの一体感を経験していた。

意思疎通が上手くいっているとでも言えばいいのだろうか。
真理奈の要求に確実に答えてくれるだろう。
そして鉄の爪の望みに完璧に応えてやれるだろう。
そんな確信。

「よーし! エルフに代わってオシオキよ!!」

そして誰にも分からないネタをかまして真理奈も準備を終えた。
しかし両者ともすぐには動かず、互いにきっかけを探した。
均衡した状態を作り出せるのは実力伯仲しているからだ。
その場合どんな戦法を取るかも大事だが、タイミングが最重要なのだ。
これを間違えると負ける。
その合図となったのは音もなく舞い落ちる葉や、
不意に吹き抜ける一陣の風ではなく、
静まり返る場に業を煮やしたブルーの鳴き声だった。

「ピピィ〜!!」

同時に仕掛ける。
クルエントは呪文を。
真理奈は直接攻撃を。
飛び道具である以上、呪文の方が先に真理奈に迫り来る。
しかしその威力がどんなに大きくとも、
彼女にとっては真正面からの何の特徴もないストレートパンチのようなものだ。
かわしてくれと言っているのに等しい。

真理奈は左前に避けつつ、脇を通り抜けていくメラゾーマに鉄の爪を突っ込ませる。
三本の爪により、メラゾーマは四分割されて霧散する。
そしてクルエントの二発目が放たれる前に、真理奈は彼の眼前へと迫った。
真理奈の素早さはクルエントの連続詠唱速度を超えた。

「ベギ――」

その後の言葉は続けられなかった。
いとも簡単に懐に入られたクルエントは、驚きの為に目を見開く。
敵を認識しろ、という本能からの訴えかけもあっただろう。
しかし対応は出来ない。
真理奈の掌底が下から突き上げるようにしてみぞおちにヒットし、
クルエントの肺から空気が漏れ、意識が薄れる。
それと共に唱えようとしていた呪文は霧散した。
接近戦で魔法使いが武道家に勝てる可能性はゼロに近いだろう。
クルエントの負けは、距離を詰められた時点で決まってしまう。
メラゾーマの熱を持った鉄の爪が、クルエントの胸部を切り裂く。
無数の赤い飛沫が宙に舞った。

「え?」

その時、違う、という言葉が真理奈の頭に浮かぶ。
血じゃない。
キラキラ光る――赤い色の――宝石だ――
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