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◆aPqItC/JYIの物語

STORY.6 雄叫びをあげて
「うあああああああ!!」
 アレフは突然大きな叫び声をあげた。天をつんざく程の大きな叫び。
 その叫びは今まで己を捕らえていたグレッグの腕をほどき、マリアににじり寄る狼男たちの歩みを止めた。
「何事だグレッグ!」
 緑肉――幻術師は慌てた様子で部下の名を呼ぶ。
 その方向には部下とその場にうずくまる少年の姿があった。
 両肩を抱き、震え、その目はどこか虚を見つめている。

(……俺は、俺は……マリアさんを守れなかった……マリアさんが倒れたのは、俺が弱いからだ!)
 アレフは心の中で己に叱咤を浴びせかける。
(さっきの俺はただ逃げ回ってただけじゃないか! マリアさんを守ろうって! 強くなろうって! そう誓ったじゃないか!)
 肩を抱く腕に力が入る。爪が肌を圧迫し、血が滲んでくる。
(神様だって、俺に力をくれた!)
 一瞬思考が止まる。
 アレフは気づいた。自分にはまだマリアを守れる力があるということに。
(……力……そうだ、俺には、あるんだ……あの呪文が……)
 肩から手を放し、ゆっくり立ち上がる。
 数度瞬きをする。すると先程まで虚を見つめていたその目は元の生気ある輝きを取り戻した。
 幻術師は先程とは打って変わった様子のアレフを怪しんだ。
「グレーッグ!」
 幻術師が叫ぶ。その声により正気を取り戻したグレッグは、アレフをもう一度捕らえるため腕を伸ばした。
「チッ!」
 アレフは向かってくるグレッグの方へとその体を向け、真っ直ぐ彼を見つめた。口を引き締める。
(……神様が俺にくれた力、それは――)

「ドラゴラム!」

グレッグの腕がアレフを捕らえた瞬間、彼から放たれる光によってグレッグは弾き飛ばされた。
 光、そして大気はそのままアレフの周りを囲むように渦巻く。
 ごうと渦巻くそれは、まるで昇竜のように天高くへと向かっているように見えた。
「ぐっ!」
「な、なにが起きた!?」
 幻術師は言い知れぬ恐怖にその肉に包まれた顔を引きつらせた。
 狼男たちもアレフから感じる威圧感に身を強張らせ、その場を動けないでいる。
(……ア、レフ……)
 マリアは薄れゆく意識の中、アレフを見た。
 そこには以前の力ない少年の姿ではなく、強大な竜の姿があった。


「なんだこいつはッ! お前たち、かかれ、かかれッ!」
 突然目の前に現れたドラゴンに肝を潰し、幻術師は慌てて部下に攻撃するよう命令した。
 しかし狼男たちは飛びかからない。ドラゴンの持つ力に本能から怯えているからだ。
 緑色の身体と金の瞳を持ったドラゴン――アレフは、マリアの元へと向かった。
 ズシン、と一歩進む度に大気が揺れる。
『これがドラゴラム……竜に変身する呪文なのか……』
 アレフは力に飲まれることもなく、はっきりとした意識を持っていた。
「グォォオオオオオ!!」
 天に向かってアレフは雄叫びをあげた。己に活を入れるよう、勇気を出すように。
 すると狼男たちは我を取り戻したのか、一目散に森の方へと逃げ出していく。
 だがアレフはそれを逃がさない。
 ズンと一歩踏み出し大きく息を吸い込む。周囲の空気が震えている。
 そして狼男たちに狙いを定め、勢いよく炎を吐いた。その炎は大きな波となり狼男たちに襲いかかる。
「うわああああ!!」
「熱い! 熱いィッ!」
「助けてくれぇえ!」
 ごうごうと音とともに狼男たちは炎にまかれ、その熱さと痛みにのたうち回った。
 肉の焼ける臭いがする。狼男たちの身体がジュウと焼け、ただれていく。

『マリアさんを傷つけたお前たちを、絶対に許さない!』
 アレフはもう一度炎を吐いた。先程の炎よりも火力を上げた、灼熱の炎を。
 空を燃やすほどの炎。それはもがき苦しむ狼男たちを飲み込み、黒い炭へと変えた。
「ヒィッ!」
 一部始終を見ていた妖術師は、そのあまりにも圧倒的な力の差におののき逃げ腰になる。
『……っ』
 消し炭にした狼男たちの残骸を見ると、ちくりと胸が痛くなる。
 モンスターなんだ、モンスターだから。そう己に言い聞かし、アレフは標的を変えた。
 マリアを守るよう背にし、妖術師へとその巨体を向ける。金色に変化した瞳には既に妖術師しか映ってない。
「くっ、おのれ……おのれぇええッ!!」
 逃げたいと思う本能と逃げてたまるかというプライドの間で揺らぐ。
 足下の小石を蹴り上げ地団駄を踏む。その顔は今までよりも更に醜悪に歪んでいた。
「マヌーサァ!」
 惑わしの霧が杖の先から発生しアレフを包むが、アレフが大きく首を振ると霧はたちまちに散開した。
 その間もアレフの目は妖術師から離れない。金の視線は妖術師を貫く。
 アレフは後ろ足で立ち上がり、ブゥンと尻尾を降って妖術師の乗っている祭壇に衝撃を与えた。
 そのあまりもの揺れに、幻術師はその場を動くことができなかった。
 幾度目かには大きな亀裂が入り、轟音とともに祭壇は大小様々な破片となって崩れていった。
「なっ、ぎゃぁぁあああ!!」
 足場を亡くした妖術師は重力に逆らえるべくもなく地面へと落下していった。
 ズン、ドグチァ。落ちた上から祭壇の破片が降り注ぎ、妖術師は破片の下敷きになった。
 重なった石の間から緑色の体液が流れ出ていく。妖術師はそのまま息絶えた。


「グルルルル……」
 地に倒れ伏しているマリアの前で、アレフは呪文も解かずに為す術もなく立ちつくしている。
 いや、”解かず”ではなく”解けない”の方が正しいだろう。力が不安定らしく、変身を解くことができないのだ。
 敵を倒したのはいいが、アレフは回復呪文を持っていない。
 道具袋の中にあった薬草を使っても治療が追いつかない。
 今はまだマリアに息があるからいいが、このままでは死んでしまう。
『どうしよう、マリアさんが……このままじゃ……!』
 マリアの前で半泣きになっていると、近づいてくる影がひとつやってきた。
 その気配に気づきアレフはそちらへ目を向ける。するとそこにはグレッグの姿があった。
 腕の氷は既に溶けており、自由に動いている。
『グレッグ! 生きてたのか』
 アレフは身構えた。いつでも攻撃に転じることができるよう、呼吸を整える。
 しかし当のグレッグには攻撃する気はないらしい。両手を挙げ降参のポーズで近づいてきたのだ。
「もうおたくらに危害を加える気はねーよ、安心しな」
 出会ったときと変わらない軽い口調で語りかける。だがアレフは気を許さない。
 こいつはマリアさんを襲った狼男たちと同じ種族なのだ。モンスターなのだ。
「この嬢ちゃン、微かに生きてはいるが、このままじゃあちとアブねえな。血が流れすぎてる」
 倒れるマリアの前にひざまずき、状態を確認する。腕を掴み脈をとると、とてもゆっくりとしたリズムだった。
 アレフはとたんに狼狽えだした。どうしようどうしようどうしよう。顔を左右に揺らし落ち着きが無くなる。
「……坊や。この嬢ちゃンを助けて欲しいか?」
 アレンの目が驚きに見開かれる。「本当に?」そう言っているような目だ。
 縋るような思いでアレンは頷く。もう敵であることは関係ない。マリアを助けてくれるのなら。

「グルル……」
「了解。ちょっと待ってろ」
 グレッグはマリアの手のひらを天に向け、なにやら呪文を唱えだした。
 するとぽつぽつと水滴が地面へと落ちてきた。雨だ。グレッグによって雨が召喚されたのだ。
 不思議な雨だ。身体に当たっても濡れることがない。まるで幻の雨に当たっているようだ。
 その雨の雫はマリアの背の傷に染み込んでゆき、みるみるうちに傷が塞がっていった。
 意識までは戻らないが、マリアの顔に赤みが増えていく。
『っ、マリアさん……ッ!』
 アレフはその長い鼻先をマリアに近づけ、擦り寄った。助かってよかったという想いを込めて。
「ふう……これで大丈夫だ。坊や、おたくはどう……」
 治療を終えたグレッグはアレフの方へ顔をやった。
 しかし当のアレフはいつの間にか元の姿に戻っており、その場で気絶していたのだ。
 安心して気が抜けてしまったのだろう。その顔には安堵の表情を浮かべていた。
「……ここまで無防備でいいのかねぇ」
 その光景を見て、グレッグは呆れたように耳を掻き苦笑する。
 静かになった森にアレフとマリア、ふたりの寝息が響いた。
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