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◆YB893TRAPMの物語

宿の中の三人組
その宿屋の部屋には三人の人間がいた。
静かな部屋だった。部屋の中にあるのは窓の外から聞こえる町の雑踏の音だけだった。
その部屋に小さなうめき声がかすかにした。

「目が覚めたみたいだね。ええと、名前は何ていうの?」
緑色の頭巾をかぶった少年が尋ねた。
「私の名前ですか? そうですね、サクヤとでも呼んでください」
ベッドの上でサクヤが答える。
「ではサクヤ。君は自分に何が起きたのか分かるかい?」
今度は赤いバンダナで頭を覆った少年が聞いた。
サクヤは目をつぶり首を横に振った。
「じゃあ、君はどこに住んでいて何をしているの?」
頭巾の少年が優しく問いかける。しかしサクヤは申し訳なさそうにこう言った。
「わかりません。覚えていないのです」

緑色の頭巾をかぶった少年の名はセブン。
赤いバンダナで頭を覆った少年の名はエイト。
どちらも優しそうな目つきをしていた。

「記憶を失っている割にはあまり焦っているようには見えないな」
エイトが冗談でも言う様な口調で話しかける。
「そうですね。弱みは見せるものではなく付け込むものですから」
サクヤも同じような口調で答える。
「なんてね。正直分からないことだらけで慌てる余裕すらないのですよ」

サクヤはどうして自分がこんなところにいるかも理解していなかった。
ただ自分はこの世界にとっていわば招かざる客であると感じていた。
そのため、安直であるとは思ったが記憶喪失を装うことにしたのだった。

「それで、なぜ私はこんなところにいるのでしょうか」
「君はこの付近の海岸で倒れていたのさ」
「だから僕たちでここに、グランエスタードの宿屋に運び込んだんだよ」
サクヤの問いかけにエイトとセブンが答える。

「君は三日間も眠っていたのさ」
この二人は見ず知らずの自分を三日間ずっと看病していてくれたのだろうか。
エイトの言葉を聞きサクヤはそんなことを思った。そして素直に礼を言うことにした。
「そうでしたか。助けていただきありがとうございました」
「サクヤはどうしてそんなとことにいたのか思い出せない?」
サクヤは再び静かに首を横に振った。

部屋の中には音はなく、ただガヤガヤと外の音が漏れ入ってくる。

「何か身元が分かるものがあればよかったのだがな」
エイトはサクヤの持ち物を調べていた。
しかし、持ち物といえば石でできた板のようなものだけだった。
「もしかしてこれって石版のかけらじゃないかな」
セブンがその石に興味を持った。彼の世界では石版は重要な意味を持っていた。
「でも、ボクの知っているものとは少し違うみたいだね」

「よろしければあなたの知っている石版について教えていただけませんか?」
サクヤの頼みにセブンが答える。
セブンの世界では石版は世界の一部を封印するほどの力を持ったものであること。
ばらばらになった石版をひとつにあわせることで封印された世界にいけること。
その世界が封印された原因を取り除くことで封印が解かれること。
「世界を封印か。すごいアイテムがあったものだ」
エイトがため息をつく。
「世界を封印した奴は僕が倒したんだけどね」
セブンの言葉にエイトが応じる。
「それほどの魔物を倒すとは見かけによらず腕に覚えがあるんだな」
「エイトだって多くのモンスターを倒してきたんでしょ?」
セブンとエイトのやり取りを聞いてサクヤは頭を抑えた。

「大丈夫? 頭が痛いの?」
「いえ、この異世界での身の振り方を考えていたところです」
心配するセブンに対し伏目がちにサクヤは答えた。
「身の振り方?」
「ええ、もしかしたら自分は物凄いところにいるのではないかと思いまして」
サクヤの顔色が悪くなる。
「サクヤのいた世界では魔物というのは馴染みのないことなのか」
エイトが驚いたように言った。
「僕の住んでいるところだって元々はモンスターはいなかったんだよ」
セブンの慰めの言葉はサクヤにとって何の意味もなかった。

「でも最近またモンスターが出るようになったよね」
「ああ。もしかすると新たな魔王が現れたのかもな」
セブンにエイトが答える。
「この石版もその魔王が何かを封印したものかもしれないね」

「封印されているのはサクヤ自身かもしれないわよ!」
突然部屋の隅においてある樽の陰から少女が飛び出した。
サクヤとエイトは突然の出来事に戸惑った。
「何をしてるのマリベル……」
セブンは1人困ったようにつぶやいていた。

静かだった部屋は瞬く間ににぎやかになった。

セブンはマリベルを幼馴染だと紹介した。
マリベルはセブンがこの三日宿屋に来ているのを知り忍び込んでいた。
「つまり、マリベルはセブンのことが気になって調べようとしたのだな」
「違うわよ! 私はセブンが私に内緒で面白いことをしていると思っただけ!」
「気になるってのはそういう意味で言ったつもりだ」
にやりと笑ってそう指摘するエイトの台詞にマリベルはより慌てふためいた。

「面白いことを言っていましたね。私が封印されているとか」
エイトとマリベルのやり取りをさえぎってサクヤが話を戻す。
「そう! 私の推理では封印されているのは異世界の人間であるあなたなのよ!」
「ねえ、マリベル異世界ってどういうことなの」
「マリベル様の耳は誤魔化せないわ! サクヤは確かに異世界と言ったのよ!」
「…確かに言っていますね」
サクヤは異世界での身の振り方を考えると言っていた。
「あんたは無意識にここが異世界だと思った。つまりあんたは異世界の人間だったのよ!」

「サクヤが異世界の人間だとして、どうして封印されているこのになるんだ?」
エイトの疑問にマリベルが答える。
「島が封印されていたとき、その島ごとこの世界から消え去ったわ!」
「そうだったね」
「逆に異世界のものが封印されればこの世界に来てもおかしくないじゃない!」
「それは無理があるんじゃ――」
セブンの言葉をさえぎってサクヤが疑問を口にする。
「封印されているとすればどうすれば封印は解かれるのでしょうか?」
「どこかに石版を納める台座があるはずよ。私たちの知っている石版と同じならね」

「でもまだサクヤが封印されているって決まったわけじゃないよ」
「私はこの話に非常に興味があります。ほかに手がかりもありませんし」
セブンの心配をよそにサクヤがマリベルの考えに関心を持った。
「ひとつこれからのことを占ってみると言うのはどうだい?」
それまで黙って話を聞いていたエイトが提案する。
「闇雲に行動するよりはこれからすべきことが見えてくるかもしれないぞ」

窓の外にはきれいな青空が広がっていた。
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